せいうん便り

第百回 台風15号

2022.10.04
100 台風15号

去る9月23日から24日に掛けて来襲した台風15号は、全国各地に大きな被害をもたらしました。

特に、静岡市清水区では大規模な断水が発生し、市民生活に大きな影響を及ぼしました。清水区民をはじめ、被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

また、被災地には、全国から給水や物資が届けられました。一市民として厚く御礼申し上げます。


ところで、この間の県や市の対応については様々ご意見のあるところですが、情報提供に大きな役割を果たしたのはツイッターなどのSNSだったようです。給水や入浴施設に関する情報、救援物資の配給など、主に個人からの情報発信が大きな威力を発揮しました。

他方で気になる情報も目にしました。

まず驚いたのは、給水のために車を駐車していたところ警察に違反切符を切られたとの情報。これには驚愕しましたが、その後流れたのは、この情報はデマであるとのもの。

一体、いずれの情報が正しいのかいまだに判然としません。

それに、清水区内が浸水した画像についても、AIによって作成された画像が真実であるかのように拡散されました。投稿者のインタビュー映像もテレビ放映されたようですが、災害情報発信の趣旨を取り違えているように感じます。


言い古された感もありますが、SNS上の情報の真贋を見極める眼力はとても大切です。そして、その眼力は、今回のような緊急時にこそより求められるでしょう。

虚偽情報を流布する輩がけしからぬ存在であることは当然のことですが、今回のような緊急事態においてこそ、情報の真偽を見極め、冷静かつ迅速に対応する必要があります。

とはいえ、緊急事態で如何に冷静な判断を下すか。大変な難問に思われます。


便りここまで

第九十九回 私心なかりしか

2022.09.13

私が独立開業したのは今から約8年前の2014年5月でした。

独立に不安のあった私は、著名な経営者が著した本やビジネス書の類を比較的読んだ記憶があります。その中でも、京セラの元名誉会長であった稲盛和夫さんの著書は多く読みました。

京セラとKDDIという巨大企業を興し、巨額赤字を抱えていたJALを再建した稲盛さんのことは御存知の方も多いでしょう。稲盛さんが唱えた京セラフィロソフィーや利他の精神は人口に膾炙していると思います。

その稲盛さん御逝去の報に接しました。大変残念です。謹んでご冥福をお祈りいたします。


このように、私にとって思い入れのある稲盛さんが語ったエピソードでふと思い出したものがあります。

稲盛さんは、当時、海外出張をするにつけ、日本の電話料金が高いと常々感じていたそうです。そして、その原因は電電公社(NTT)が事業を独占しているからだと思い至り、KDDIの創業を思いつきます。

そこで稲盛さんは、半年間毎日自らの心に問い続けました。KDDIを創業しようと思うに至った動機は正しいものか、自らに功名心など卑しいところはないか。

それを表現したのが「その動機善なりや、私心なかりしか」という著名な言葉です。

その後、KDDIが巨大企業に成長したのは周知の事実。今では、かつて稲盛さん主催の盛和会会員であった孫正義さんが創業したソフトバンクや楽天も業界に参入しました。電話料金は目に見えて値下がりし、多くの国民が恩恵を受けるところとなりました。


人が行動を起こす動機は様々です。すべてが善であると言い切れる人がどれだけいるでしょう。そこに多少の功名心があったとして誰にも責めることはできません。

それでも稲盛さんは、「動機善なりや、私心なかりしか」と問い続けました。そして、それこそが大きな成功の源であったように思われます。

私のような凡人には到底真似はできません。それでも、このエピソードは心に響くものがあります。私の仕事にもどこか通じるものがあるように感じるからかもしれません。これからも大切にしてゆきたい言葉の一つです。


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第九十八回 社会的病理

2022.08.31

犯罪は社会的病理の縮図であると言われます。

確かに、刑事弁護に携わっていると、必ずしも対応力が十分とは言えない被疑者・被告人に社会の様々な問題のしわ寄せが来ていると感じることが少なくありません。

神戸児童連続殺傷事件、一連のオウム真理教関連事件、池田小事件、秋葉原事件・・・。どれも犯罪史に残る重大事件ですが、刑事責任としてはともかく、犯罪発生の全ての責任を被告人一人に負わせるのは必ずしもフェアではないようにも思われます。


8月31日朝日新聞の社会面には、2つの刑事事件判決に関する興味深い記事が掲載されていました。

まずは、京都府宇治市内の在日コリアン居住地区などに放火したという事件の判決。被告人は、在日コリアンに対する憎悪から犯行に及んだと供述していました。判決後の記者との面会においても、控訴はしないが、現在の心情につき実際のところ反省はしていない、犯罪の動機面については差別感情そのものと言われても否定できない、一方的な韓国嫌悪の感情は変わっていないなどと発言していたようです。

もう一つは、男性ベビーシッターであった被告人が20人の男児に対して性的虐待に及んだという事件の判決。

被告人は、幼少のころから両親に虐待を受け、アルコール依存の母親から産まなければよかったと発言されたり、不登校になった際父親からあざが出来るまで殴られたとのことでした。同級生からも、万引きの強要やトイレの個室で水をかけられるなどのいじめにも遭っていたようです。そんな生育環境で育った被告人は、分け隔てなく被告人に接してくれる幼児に興味を抱くようになり、幼児との性的接触に心の安らぎを覚えていったようです。証人として出廷した精神保健福祉士が、「生い立ちや過酷ないじめのトラウマを自己治療するために子どもへの性暴力を繰り返した。」、「過去にモノのように扱われた人は、成人したときに自分より弱い対象を『モノ化』するパターンがある。」と証言し、担当記者が、小児性愛の患者の多くがいじめや親のアルコール問題を経験している、とまとめていたのが印象的でした。


両者とも本当におぞましい事件ですし、被害者や関係者の心情は察するに余りあります。被告人には真摯に自らと向き合い、二度と同じ過ちを繰り返してほしくありません。


もっとも、2人の被告人が犯行へと駆り立てられた背景事情は大変気になるところです。何故に在日コリアン居住区に放火するほどまでの憎悪を滾らせるようになったのか。公判を経ても心情に変化がないように思われるのは何故か。何故に男児への性的行為によってしか平穏を得ることが出来なかったのか・・・。

果たして、この2人の被告人が特異な人物であったと事件を総括してよいのでしょうか。


にわかに解ける疑問のようには到底思えませんが、先日の社会面は、まさに社会的病理の縮図の様相を呈していました。


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第九十七回 否認

2022.08.18

刑事事件の報道で、容疑者は容疑を否認しているなどとよく耳にします。

私たちが事件報道に接する際には、この「否認」がいかなる意味であるのかに注意を払います。

例えば、収賄事件の場合に、そもそも金銭を受け取ったことがないと否認しているのか、金銭を受け取ったことは間違いないが賄賂だとは思わなかったと供述しているのかで否認の意味は全く異なりますし、弁護のポイントも変わってきます。

通常、贈収賄事件は密室など人目につかないところで行われるため証拠が少なく立件は困難とされています(現役の大臣が大臣室で金銭を受け取った事案もありましたね。起訴はされませんでしたが)。

逆に言えば、金銭授受の証拠すら十分でない場合に、捜索差押や逮捕といった強制捜査に踏み込むことはなかなか難しいと言えます。

その意味で、贈収賄事件で容疑を否認する場合、そもそも金銭を受け取ったことすらないという否認はあまり目にしません。賄賂性の否認とも言われますが、賄賂だとは思わなかったと否認する場合が多いように思います。この否認は、犯罪の故意を否認していると言い換えることも出来ます。


8月17日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の理事であった高橋治之氏が受託収賄罪で逮捕されました。先の例で言えば、金銭を受け取った事実自体は認めているようですが、賄賂性を否認しているようです。この手の事件は現金で遣り取りされることが多いですが、高橋氏が受け取った金銭はコンサルタント料名目であったことから、金銭の流れが比較的明瞭だったのでしょう。

まず、金銭授受に関して言えば、高橋氏が経営していたコモンズ社が贈賄側から合計5100万円(月額100万円)のコンサルタント料を受領していたようです。この種の業界の相場や実態が分かりませんが、私たち一般市民にはイメージしづらいものがあります。

もちろん、無罪推定が働きますので、軽々しいことは言えません。

けれども、みなし公務員たる立場にあり、五輪組織委員会の理事というよう要職にある人物が、関連企業からこれだけの金銭を受け取ること自体、国民の理解は得られづらいように思われます。私自身も金銭を受け取ること自体腑に落ちないものがあります。


高橋氏は賄賂性を否認しているようですが、そうであれば、受け取った金銭が賄賂ではないこと、つまり正当なコンサルタント業務の対価であったことを、少なくとも国民が「そういう話もあるのかな。」と思わせる程度に説明する必要があると思います。


いずれにせよ、国民的行事の後始末をどのようにつけるのか、注視していきたいと思っています。


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第九十六回 押収拒絶権

2022.08.05

弁護士は守秘義務を負っていることを御存知の方も多いでしょう。秘密をみだりに口外する弁護士に依頼しようとする方はおられないでしょうし、弁護士が秘密を漏らしては弁護士全体が国民から信頼されなくなってしまいます。

このように、弁護士に課されている守秘義務は最も基本的な義務の一つですし、私たちが仕事をしてゆく上で必要不可欠な依頼者からの信頼を勝ち得るため、最も大切な義務であるとも言えます。

そして、弁護士がこの守秘義務を全うするためには、時に国家権力とも対峙することが求められます。

そこで、私たち弁護士や医師など、他人の秘密を取り扱う業務に従事する者に対して、刑事訴訟法105条は、押収拒絶権を認めています。

要するに、弁護士が依頼者に対して負っている守秘義務は極めて重く、その義務は、国家権力からの開示要求であっても容易には解除されないということです。


このように、私たち弁護士には、依頼者の秘密を守るため、事件の記録や依頼者から保管を委託された物につき押収拒絶権を有しています。そして、依頼者の秘密を守るために国家権力との対峙を迫られたのが、カルロス・ゴーン被告人の元弁護人でした。

去る7月29日、東京地方裁判所は、弁護士が押収拒絶権を行使したにもかかわらずこれを無視して依頼者との面会記録やパソコンに残されたログ、そして依頼者が事務所に残置した物を押収した点を違法であると認めました。

判決によれば、面会記録やパソコンのログは、弁護士が既に裁判所に提出済みであり検察庁もこれを閲覧出来たものであって、押収の必要はなかったと認定したようです。また、依頼者が事務所に残していった物についても押収拒絶権が及ぶと明確に認めました。

裁判を起こした弘中惇一郎弁護士も、この判決を高く評価しているようです。

東京地検は、この判決に対し、「コメントしない。」とのコメントを出したようですが、社会的に耳目を集めた事件でもあり、個人的には何等かのコメントを出してほしかったと思っています。


いずれにせよ押収拒絶権は、弁護士が依頼者の秘密を守るためになくてはならないものであり、弁護士はこれを適切に行使する義務が課されているとも言えます。東京地検が行ったような捜索差押が認められたのでは、依頼者の秘密を守ることが出来ず、依頼者は安心して弁護士に事件を依頼出来ません。

私たち弁護士業界の利益だけではありません。市民が安心して事件を依頼し、裁判を受ける権利を十分に享受する上でも大変意義の大きい判決だったと思います。


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第九十五回 親権って何?

2022.08.02

前々回のコラムでは共同親権について書きました。

それでは、親権とは一体何でしょうか。

親権と聞くと、親が子どもに対して有する権利という意味合いが強いように読めます。

確かに、親権には、現実に親が子を監護養育する身上監護権や子の財産を管理する財産管理権の側面があります。これらを強調すると、親権とは、親が子に対して有する「権利」であると言っても間違いではありません。

しかし、親権とは必ずしも権利的側面のみで説明出来るものではありません。

親は、子に対して普通教育を受けさせる義務を負うとされており(憲法26条2項)、その前提として、監護養育する義務を負います。子に教育を受けさせたり、監護養育するためには、子の財産をきちんと管理する必要もあるでしょう。

このように、親権は、必ずしも権利的側面のみで説明しきれるものではなく、義務的側面も有していると解するのが通説的見解だと思います。

そして、親権に義務的な側面があるからこそ、この義務を十分に果たせないおそれがある親に対しては、親権の行使が制限されることになります。

最も重い制約措置は親権喪失ですが、近年、一定期間親権行使を停止する制度も創設されました。

特に、近時の子どもに対する虐待案件を見るにつけ、親権の義務的側面をより強く意識する必要があるように思います。

昨今の共同親権の論議も勿論重要ですが、そもそも親権とは何であるのか、親権を濫用してはいないか、子どもの幸福の観点から見つめ直すことが必要なケースも散見されます。


私たち弁護士も、子どもが安心して双方の親と関わることが出来るよう、制度枠組みのみならず親権行使のあるべき姿を共に考えて行く必要があると思っています。


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第九十四回 抗原検査

2022.08.01
94 抗原検査

新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。オミクロン株の変異種であるBA.5が日本中で猛威を振るっております。皆さんは大丈夫でしょうか。


この度、諸般の事情により、初めて抗原検査を受けました。15分程度で結果が出ますし、検体採取も簡単でした。

幸い陰性でした。

皆様、くれぐれもご自愛ください。


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第九十三回 共同親権

2022.07.25
93 共同親権

私のような普通の弁護士が取り扱う業務のなかで、離婚事件は特に多い事件類型と言えます。

離婚事件の場合、最も問題となるのは、慰謝料や財産分与といったお金のことですが、未成年の子どもがいる場合に、親権者をどちらと定めるか、面会交流はどうするかという子どものことが問題となるケースも多いです。

最近は、昔と比べ子育てに積極的な父親も増加していますし、少子化ともあいまって、親権に対する当事者の思い入れは強まっているように感じます。


ところで、現在、この親権のルールについて、法制審議会で改正の議論が進んでいることを御存じでしょうか。

具体的に言えば、法務省は、離婚後も父母の双方が共同で親権を行使できる制度の導入を検討しています。法務省が調査した24か国中、単独親権を採用する国は、日本、トルコ、インドの3か国のみであったといいます。


今の制度では、夫婦が離婚する際、親権者は父又は母の一方のみを定める必要があります。

この点を改正し、父及び母双方ともに親権者となる共同親権制度の導入を検討しているのです。

実際、親権を得られなかった親が子育てに関与する場面は相当程度限定されます。面会交流の頻度も月1回程度と定められることが多く、様々な事情から約束通り実施されない場合も少なくありません。

このように、親権を得られなかった親にも子育てに関与する機会を与える観点からすれば、共同親権の制度には合理性が認められるようにも思えます。

しかし、DV事案などにおいては、加害者である親が離婚後も親権者として関与することとなり、懸念の声が上がっています。

法務省としては、離婚に際し、いずれかを選択出来る制度を念頭においているようですが、単独親権を主張する方からすれば、事実上共同親権の採用を強制されるのではないかと強く懸念しているようです。


法制審議会では、近く中間試案を答申し、広くパブリックコメントを求めるようです。

興味のある方は、是非ともコメントを寄せてみてはいかがでしょうか。


次回は、親権のことについてもう少し触れてみたいと思います。


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第九十二回 全判決データベース化

2022.06.28
92 全判決データベース化

民事裁判でも刑事裁判でも、判決文を読んだことがある方は多くはないと思います。

社会的関心の高い事件では、新聞に判決の要旨が掲載されることもありますが、全文を目にする機会はあまりないと思います。


ところで、6月25日読売新聞朝刊1面に興味深い記事が掲載されていました。

最高裁判所は、最高裁判所から簡易裁判所まで、すべての裁判所が下した判決の全てをデータベース化して閲覧に供することが出来る制度の構築を検討しているようです。

プライバシーへの配慮が気になる方もおられるでしょうが、匿名処理などは当然施されるようです。


新聞記事によると、2019年に下された判決の総数は約20万件。これをデータベース化すれば、裁判例の全体的傾向をつかみやすくなり、個別事件の見通しや紛争の未然防止にも役立つのではないかとのことです。

このシステム運用が開始されると、私たち弁護士の業界にも大きな影響がありそうです。

確かに、事件の見通しなどは立てやすくなりそうですし、依頼者への説明もしやすくなりそうです。

他方、このデータベースやこれをAIで分析した結果が重要視されることになれば、弁護士の出る幕はなくなるかもしれません。

個人的には、一般市民の利便性が向上するのはよいことだと考えますし、安心な社会の成立に結び付くシステムとなるよう関係者で努力してゆく必要があると思います。

そして、私たち弁護士には、AIによるビッグデータ分析では提供することが出来ないものを依頼者に提供するスキルが求められることになりそうです。

それが何であるのか、明確な答えはありませんが、裁判例の傾向や分析結果を、生きた言葉にする役割が弁護士に求められることになりそうです。


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第九十一回 分別の利益③

2022.06.13

「悪意の受益者」と書かれると何か悪者がイメージされますが、法律で言う「悪意」は必ずしも悪者を意味しません。

もっとも、本当に悪者である悪意者も存在します(「背信的悪意者」などと呼ぶこともあります。)。

少し脇道にそれましたが、「悪意の受益者」とは、受け取った金銭が不当利得であることを認識していた者のことを言います。

つまり、機構は、保証人には分別の利益があり、本来であればこれを超えて請求することは出来ないはずであるところ、これを保証人から受領したことをもって「悪意の受益者」であったと認定されました。


この点、いくつかの問題が背後に隠れているように思われます。

一つは、機構側の財政事情です。

構側の財政が厳しい事情は明らかで、元学生からの奨学金の返済が滞りがちであるということでしょう。奨学金返済が滞りがちであるのは、若者の貧困が理由の一つであると推測されます。

つまり、貧困である学生が奨学金を借り、社会に出てもその貧困が容易には解消されず、返済が滞り機構が保証人に請求をする。返済を求められた保証人も貧困に陥ってしまう。

このように、貧困が連鎖していく状況が窺えます。


また、機構の財政逼迫が背景にあるものと推測されますが、機構の事後対応にも問題がありそうです。

機構は新聞報道を受け、2019年から、公式サイトと契約時に交付する冊子に、保証人は返還すべき金額が請求額の2分の1であることを主張できる、という内容を掲載するようになったようです。

しかしながら、機構側は一律に分別の利益を超過した部分の受領を停止した訳ではなく、今も事情を知らずに支払いを継続している保証人がいるとのことです。

この点、機構側のコンプライアンスには問題があるように感じますが、この点のみを問題視しても自体の根本的解決には程遠いようにも思われます。機構側が一律に受領を停止できないのは、それだけ返済の滞納が多いのかもしれません。


以上、長々と書いてきましたが、意欲と能力のある学生が安心して学ぶことの出来る社会を、社会全体で支えて行く仕組みづくりが望まれます。今回の札幌高裁判決は、私たちに社会の在り方を問うているのかもしれません。


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第九十回 分別の利益②

2022.06.06

この裁判では、保証人が複数いる場合に、各保証人が返済義務を等分に負うとされる「分別の利益」について、保証人にこれを告げず全額を請求していた機構の対応が問題となりました。

裁判の原告は、教え子の返済債務を保証した元高校教諭の男性と甥の返済債務を保証していた亡夫の妻である女性です。

ここに現在の奨学金制度や大学授業料の負担の在り方に関する問題がありそうです。

様々な考え方があるとは思いますが、奨学金の保証人を、どの範囲まで求めるべきなのでしょうか。

両親が保証人又は連帯保証人となることはやむを得ないと思われます。

直系尊属である祖父母(学生とは2親等)も、祖父母が真に納得しているのであればこれを認めてもよいように思われます。

ところが、今回のように、3親等に当たる叔父や叔母となってくると、判断は大変悩ましいところです。いわんや親族関係のない教諭をやです。

私見ですが、教育の機会均等が、経済力の格差によって奪われる事態は、可能な限り避けたいところです。若者の金銭的負担を個人や親族に頼るのではなく、少しでも社会全体で分担する仕組みづくりが、今以上に必要であると考えます。


札幌高裁は、1審の札幌地裁に続いて機構側に不当利得を認め、分別の利益を超えた部分の返還を機構に命じました。個人的には常識的な判断だと思います。

札幌高裁は、これに加え、機構を「悪意の受益者」であったと認定し、不当利得金に年5分の「利息」を加えて返金することを明示ました。

このあたり、機構の対応にも更なる問題がありそうですので、もう少し論じてみたいと考えています。


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第八十九回 最高裁判所国民審査

2022.05.30
89 最高裁判所国民審査

普段はあまり存在を意識することがない。それでも、ときに存在感を示す。

世の中には、そのような組織が存在するように思います。

最高裁判所もそんな存在の一つでしょう。

私たち弁護士でも、その存在を日常的に意識しているとは言えません。

それでも、裁判例の有無には常に気をかけていますし、それが最高裁判所の判例であればなおさらです。最高裁判所の判例の有無は、法律実務において極めて大きな影響を与えています。


また、最高裁判所は、「人権保障の最後の砦」とも称されます。

私たち市民が、権利を侵害され、国会や内閣といった政治部門がこれを救済しないとき、最後に人権救済を図るのが裁判所です。

だからこそ、その頂点に立つ最高裁判所は、「最後の砦」なのです。

ですから、最高裁判所の裁判官がどのような人物によって構成されているのか、これを主権者たる国民が審査するというのは、私たちにとってとても重要な権利なのです。


去る5月25日、最高裁判所大法廷(大谷直人長官)は、11件目の違憲判決を下しました。

在外邦人に最高裁判所判事の国民審査権行使を認めていない最高裁判所裁判官国民審査法が、国民に対する公務員の選定罷免権を認めた憲法15条や国民審査権を認めた憲法79条に違反すると判断したのです。大谷長官は来月退官とのことですので、いわば置き土産といった格好です。


確かに、最高裁判所判事がどんな人物なのか、御存知の方は少ないでしょう。

けれども、私の周りにも、最高裁判所判事がどのような判決を下したかを国民審査の判断材料にしている人間が複数おります。

最高裁判所は「人権保障の最後の砦」ですし、夫婦別姓訴訟や同性婚訴訟など、世間の注目を集める訴訟や個人の価値観に深く関わる問題につき重要な判断を下すことも少なくありません。非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1としていた旧民法の規定や、女性のみに再婚禁止期間6か月間を定めていた旧民法の規定を違憲無効と判断したのも最高裁判所でした。

合議の裁判体が下す判決には「合議の秘密」があります。合議体で各裁判官がどのような意見を述べたのか、通常その内容が明らかにされることはありません。

しかし、最高裁判所では、各裁判官がどのような意見をもって判決を書いたのかが個別に明らかにされます。それだけ重要な事柄に対する判断を下しているということです。


このように、最高裁判所は、ときにその存在感を大きく示しますし、実際必ずしも腰が軽いとは言えない政治部門にイエローカードを提示して、実質的な政策形成機能を果たすこともあります。

そのような最高裁判所の裁判官を国民自身が審査する権利は、選挙権や被選挙権と同様重要な権利ですし、在外邦人にも等しく行使されるべきです。

最高裁で開かれた弁論における原告側代理人の弁論も素晴らしいものであったと聞きます。

至極妥当な判決だと思いますが、これを獲得した原告や代理人の苦労は並大抵ではありません。心より敬意を表します。

そして、今回の判決が、社会的弱者や少数者を切り捨てることなく安心に暮らせる社会構築の一助となることを切に願います。


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第八十八回 分別の利益①

2022.05.23

「分別(ぶんべつ)の利益」と聞いて内容がお判りの方は相当法律にお詳しい方です。

私たち弁護士でも、日常この言葉に接する機会は殆どありません。

分別の利益とは、例えば、主債務者が債権者に対して300万円の債務を負担し、3人の保証人がいる場合、保証人は、債務額を保証人の頭数で割った金額、すなわち各100万円しか保証債務を負わないという利益のことを言います。

私たちが日常滅多にこの「分別の利益」にお目にかからないのは、日常的に用いられる保証が、単なる「保証」ではなく「連帯保証」だからです。

つまり、「分別の利益」を有しているのは単なる保証をした保証人のみであり、連帯保証をした連帯保証人には分別の利益はありません。

翻って言えば、お金を貸す側からすれば、保証人に債務額全額を請求できないというのは大変不都合ですから、通常は単なる保証ではなく連帯保証人となることを求める訳です。金融機関が保証人を求める場合、単なる「保証人」を求めることはまずありません。ほぼ例外なく「連帯保証人」を求められます。

このように、「連帯」という言葉がつくかどうかで法律効果が大きく異なるのが法律の怖いところでもあります。こんなこと、普通知りませんよね。(保証と連帯保証の違いは他にもありますが、ここでは割愛します。)


ところで、5月19日、札幌高等裁判所で、この「分別の利益」が問題となった裁判の控訴審判決が下されました。日本学生支援機構が学生に貸与した奨学金の返済債務を保証した保証人が、分別の利益を超えて返済した部分につき、機構に不当利得としての返還義務及び「悪意の受益者」としての利息の支払いを求めた裁判の判決です。

この判決の背景には様々な問題がありそうですので、次回もう少し詳しく話してみたいと思います。


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第八十七回 9年目

2022.05.09

本日5月9日はロシアの対ドイツ戦勝記念日とのことで、ある人物の動向を世界中が固唾をのんで注視しています。

恥ずかしながら、私は、今回ロシアとウクライナに先端が開かれるまで、ロシアにおける5月9日の意味を知りませんでした。


当事務所は、2014年5月9日に開業致しました。本日で9年目に入ります。曲がりなりにもこれまで営業を続けてこられたのも私どもを支えて下さった依頼者や関係者の方々のおかげです。改めてここに深く感謝を申し上げます。


個人的には毎年この5月9日には心を新たにしてきたつもりでした。今年からは、新たに世界平和への祈りも込めてゆこうと思います。ウクライナやロシアだけでなく、一日も早く世界に平和が訪れますよう。


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第八十六回 怪物

2022.04.13

世に名投手は多く存在しますが、「怪物」を冠せられる投手は数十年に一人。

基本的には、甲子園で目覚ましい活躍をした投手が名付けられてきました。

昭和の怪物は、栃木・作新学院の江川卓。昭和48年の春夏甲子園は、後に「江川大会」とも称されます。

平成の怪物は、神奈川・横浜の松坂大輔。公式戦無敗。PL学園との延長17回を投げ切った準々決勝、準決勝の明徳義塾戦を経て、無安打無四球の京都成章戦はご記憶の方も多いことでしょう。

人によっては、岩手・花巻東の大谷翔平を挙げる人もいるかもしれませんが、甲子園での実績は前二者には及びません。もっとも、プロ入りしてからの成績は、前二者に比べても群を抜いています。言わずと知れた2021年メジャーリーグのMVP。投手として9勝しながら、46本塁打。野球の常識を超えました。


そして、2022年4月10日、「令和の怪物」が誕生しました。岩手県立大船渡高出身、千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手が、完全試合を達成。しかも、初完投、初完封のおまけつき。19奪三振、13者連続三振もプロ野球記録。DH制を採用するパシフィックリーグでは、1978年の当時阪急ブレーブス今井雄太郎投手以来2人目という快挙。

これだけの投手ですから、高校時代の指導者もさぞ選手権大会県決勝戦で投げさせたかったことでしょう。井口監督もよくぞ2年間体づくりに専念させたと思います。

今後、佐々木投手がどのような活躍を見せてくれるのか、今から楽しみでなりません。いずれは海を渡るのかもしれませんが、名だたる強打者から、真っ直ぐで空振りを奪う姿を見てみたいものです。

初完投が完全試合、などという投手は空前絶後かもしれません。いや、そうとは言い切れない。大谷選手以上の選手は登場しないとも言われましたが、佐々木投手の力量は既に大谷投手以上との声もあります。

昨今野球離れが進んでいるとも言われますが、子どもたちには、佐々木投手を超える存在を目指してほしいですね。


便りここまで

第八十五回 3月11日

2022.03.15

2011年3月11日は東日本大震災発災の日。鎮魂のため、日本中が祈りを捧げる日。

例年3月11日前後は、震災の記憶を風化させまいと大きく報道がなされます。人々の記憶に留めるためにも報道し続けるのは重要なことです。


ところで、去る3月11日、東京高等裁判所で注目すべき判決が下されました。

大阪高等裁判所に続き、強制不妊手術を施された方の請求を認め、1審判決が覆されたのです。

判決の中身も素晴らしいのですが、平田豊裁判長は、判決の言渡しを終えた後、異例とも言える所感を述べました。

以下、報道をそのまま引用します。


「原告の男性は、旧優生保護法のもとで不妊手術を強制され、憲法が保障する平等権、幸福になる権利を侵害され、子どもをもうけることができない体にされました。

しかし、決して人としての価値が低くなったものでも、幸福になる権利を失ったわけでもありません。

『旧優生保護法による手術は幸せになる可能性を一方的に奪い去るものだ』などと言われることがありますが、子どもをもうけることが出来ない人も、個人として尊重され、ほかの人と平等に、幸せになる権利を有することは言うまでもありません。

手術が違憲・違法なものであること、その被害者に多大な精神的・肉体的損害を与えたことは明確にされなければなりませんが、この問題に対する憤りのあまり、子どもをもうけることのできない人たちに対する差別を助長することとなり、その人たちの心情を傷つけることはあってはならないと思っています。

報道などの際にも十分留意していただきたいと思います。

このような観点から判決では誤解を与えかねない情緒的な表現は避けましたが、被害を軽視しているものではありません。

原告の方は、自らの体のことや手術を受けたこと、訴訟を起こしたことによって差別されることなく、これからも幸せに過ごしてもらいたいと願いますが、それを可能にする差別のない社会を作っていくのは、国はもちろん、社会全体の責任だと考えます。

そのためにも、手術から長い期間がたったあとに起こされた訴えでも、その間に提訴できなかった事情が認められる以上、国の責任を不問にするのは相当でないと考えました。」


所感にあるとおり、差別のない社会をつくることは、社会の構成員である私たち一人ひとりに課せられた使命であると思います。

私たちも、弁護団員の一人として、今度こそ被告の上告を断念させ、一律全面救済への道を拓くべく、全力を尽くします。

そして、それが叶ったとき、「3月11日」という日に、新たな意味が付け加わるのだと思います。


便りここまで

第八十四回 司法の扉

2022.03.03

去る2月22日、大阪高等裁判所で画期的な判決が下されたことを御存知でしょうか。

大阪高裁の太田晃詳裁判長は、強制不妊手術を受けさせられた原告3名に対し、合計2750万円を支払うよう命じる判決を下したのです。


全国各地で提訴されている強制不妊手術国家賠償請求訴訟。これまで、札幌、仙台、東京、大阪及び神戸と5つの地方裁判所で判決が出されています。その多くの判決が、強制不妊手術を行うことを定めていた旧優生保護法の優生条項が憲法に違反すること、または強制不妊手術が国家賠償法上違法であることまでは認めていました。

しかし、不法行為時から20年を経過すると請求権が消滅するという「除斥期間」の壁が立ちはだかり、原告の請求はことごとく退けられてきました。

その重い司法の扉が、2月22日にようやく開いたのです。


旧優生保護法は、特定の傷害や疾病を有する者を「不良」と定義し、彼ら、彼女らが子をもつことの出来ないよう、強制的に不妊手術を行うことが出来ると定めていました。国は、政策として積極的に優生政策を推進していたのです。大阪高裁判決の言葉を借りれば、「戦後最大の人権侵害」の一つであることは間違いありません。我が国の暗部ですし、目をそむけたくなる事実ですが、現実です。

にもかかわらず、原告の請求は全て退けられてきました。手術を受けた方々の心身の傷が、たかが20年で癒えようはずがありません。

原告たちの思いが、司法にようやく届いたのです。


私は、この判決を明確に支持しています。そして、上告期限である3月8日までに、被告である国が上告をしないことを切に望んでいます。

便りここまで

第八十三回 転がる検事に苔むさず

2022.02.22
83 転がる検事に苔むさず

新聞の書評欄で紹介されており、面白そうだったので購読してみました。

最初にタイトルを見たときには今一つピンときませんでしたが、読み終えてから改めて見直すとなかなか味わい深いタイトルです。

検察は、一般の方にとってのみならず、私たち弁護士にとっても縁遠い組織です。

確かに、司法修習生時代には検察修習を行いますし、被疑者の取調べも行います。変わったところでは、検察修習中には解剖への立会いがあり、私も立ち会いました。要するに、弁護士も裁判官も、一部の例外を除いては検察修習を行っています。

けれども、修習は所詮研修ですし、修習生はお客様扱いとの感は否めません。将来弁護士になる人間にどこまで手の内を見せるかと言えば、指導担当検事の度量次第なのでしょう。だからこそ、検察の仕事は、我々にとっても未知の部分が多いと言えます。


この本には、何人かの検事が登場します。ヤメ検の弁護士も登場します。検事の考え方、仕事ぶりや組織の体質が、よく分かります(分かった気になっているだけの可能性も十分あります。)。

主人公の検事は職人気質でいかにも恰好がよいですが、作者の司法部記者時代に取材したモデルがいるそうです。実在の人物は後日相当出世したと聞き、少し安堵した気持ちにもなります。

読者の年代やポジションによって感じ方は様々だと思いますし、どの登場人物に感情移入するかも人それぞれでしょう。だからこそ奥行きのある本だとも言えそうです。

謎解きにも読み応えがあります。読後感も爽やかですし、続編が読みたくなります。


ネタバレになるので内容には言及しませんが、検事の仕事やミステリー好きの方にはお勧めの一冊です。

便りここまで

第八十二回 結婚の自由をすべての人に

2022.02.14
82 結婚の自由をすべての人に

事務のなかのです。


2月10日、超人気ドラマの共演俳優お二人の結婚報道がありましたね。
ネットニュースやSNSは祝福の言葉があふれ、大変な盛り上がりをみせていました。


その報道の前日、2月9日は、「結婚の自由をすべての人に」東京訴訟の第9回口頭弁論期日でした。
実は、3年前の今日、2019年2月14日は、日本で始めて同性婚の集団訴訟が提起された日なんです。札幌、東京、名古屋、大阪、続いて福岡でも提訴され、現在、全国5か所6つの訴訟が係属しています。
この裁判は、同性同士での結婚を願う原告さんたちが、戸籍上の異性同士でしか結婚できない今の日本の法律は憲法違反ではないかということについて、裁判所の判断を求めるものです。


同性同士で結婚したい。
その願いは、私は当たり前のものだと思うのですが、国は全ての訴訟で全面的に争っています(「同性婚を望む人たちも異性婚はできるのだから、不平等ではない」とか、「婚姻は、生物学上子供をもうけることができるカップルのための制度だ」とか…。)。



昨年大晦日の紅白歌合戦。
(NHK公式ホームページによれば)「多様な価値観を認め合おう」という思いを込めて「Colorful〜カラフル〜」をテーマにしたとのこと。
世の中には色々な人がいて、赤白はっきり分けられるものではない、性はグラデーションであるということを表現しているように思いました。
東京オリンピック開会式でも、レインボーカラーのドレスをまとった歌手の方が、日本の国歌を歌っていましたよね(レインボーはいわゆる「LGBTQ」の全世界的な象徴です。)。


あの演出はなんだったのでしょう。
国が重んじているという「多様性」。
同性婚訴訟は、それを現実化するための一歩なのではないでしょうか。


都合のいい時だけ「多様性」をうたって、当たり前の権利を求めている方々をたくさん傷付けて、芸能人の異性婚については華々しくお祝いの報道をして、あまりにグロテスクで残酷だと思います。


九州訴訟の原告ゆうたさんは言いました。
「不本意に自分を偽ったり、苦しんだり、傷付けるような人が減り、幸せな人が増えることを、心から願っています。」
→全文はこちらhttps://www.call4.jp/file/pdf/202202/7d60eb9858d4fcbe9b6fa45504b2b8b3.pdf


同性同士の芸能人の結婚が、異性婚のように普通に報道されて、普通に祝福される。
どんな性的指向や性自認を持つ方も(持たない・わからない方も)、自由にのびのび笑って生きていける。
そんな市民社会にするために、裁判所には人権の砦として公平な判決を下してほしいと願います。


「結婚の自由をすべての人に」訴訟 詳しくはこちら
https://www.call4.jp/info.php?type=items&id=I0000031#case_tab

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第八十一回 内容をしっかり確認してから署名しましょう

2022.02.08

社会的関心の高い事件などでは判決要旨が新聞に掲載されることはありますが、判決書そのものを目にしたことがある方は必ずしも多くないかもしれません。

判決書には、裁判を審理した裁判官が署名をします。修習生時代のことでしたが、署名を上手に行うため習字をする裁判官は少なくないと聞いたことがあります。


ところで、去る2月3日、最高裁判所第1小法廷は、東京高裁が下した判決に明らかな法令違反があったとして破棄差戻判決を下しました。判決の基本となる弁論に関わっていない裁判官が署名・捺印していたことが判明したとのことです。

民事訴訟法249条1項は、「判決は、その基本となる口頭弁論に関与した裁判官がする。」と定めており、直接主義を定めた規定などと説明されます。分かりやすく言えば、直接法廷へ出廷して審理に参加し、記録を検討した裁判官が判決を行うということで、まあ、当たり前のことですよね。

確かに、一見当たり前ではあるのですが、頻繁に異動のある裁判所においては、口頭弁論に関与しない裁判官が誤って署名・捺印をするというミスが起こり得るのだと認識しました。私たちには分かりづらい話ですね。

最高裁が、いかに「職権」でこの事実を認識したのかにも興味のあるところですが、署名・捺印の重要性に関する私たちへの警句が含まれていると感じます。署名や捺印を行う前には、やはり内容をきちんと把握したいものです。

デジタル化が進展した昨今、署名や捺印の重要性が薄れているようにも感じますが、それらを行う場面ではくれぐれも気を付けましょう。

特に、本年4月1日からは、成年年齢が18歳に引き下げとなります。4月1日以降に成人となる方々は、署名や捺印の際、くれぐれもご注意下さい。

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第八十回 センバツ

2022.02.03

毎年選抜出場校発表の報に接すると春の訪れを感じます。球春到来には胸が高鳴ります。

ところで、昨秋の東海大会において、静岡県からは日大三島と聖隷クリストファーの2校が決勝進出しました。例年東海地区の出場枠は「2」ですので、この2校の選抜出場が有力視されていました。静岡県から2校出場となれば35年ぶりのことだったそうですが、当時は東海地区の出場枠は「3」でしたから、今回2校出場となれば、大変な快挙でした。

しかしながら、今回聖隷は補欠にまわり、準決勝で優勝した日大三島に敗退した大垣日大が出場校に選出されました。いずれの選出校も日本大学の系列校であるのは偶然でしょう。
選抜大会の選出方法が夏の選手権大会と異なっているのは周知のとおりです。春の選抜は、この選抜方法で、過去何度か物議をかもしています。しかし、東海大会の決勝に進出した学校で選出されなかった例は極めて稀(まれ)なようです(過去に例はあるようですが、詳細は調査していません。)。
今回の選出過程でさらに疑問符がつくのは、選考委員が「地域制」のみならず選手個人の技量に言及したことでしょう。率直に言って、それを言っちゃあおしめーよ、との感は否めません。

聖隷クリストファー高校は、出場が決定すれば春夏通じて初出場でした。選手や関係者の落胆は如何ばかりでしょうか。
静岡県民として、いち高校野球ファンとして残念な選考であったと思います。

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第七十九回 DNA情報を保管されない自由

2022.01.28
79 DNA情報を保管されない自由

ワトソン&クリックが発見したDNAの二重らせん構造は、20世紀最大の発見の一つとも言われています。
このDNAの構造が解析されたことで、様々な病気のメカニズムが解明され、治療法が確立された病気も少なくないようです。


 

そして、このDNAの発見により、犯罪捜査も飛躍的な進歩を遂げました。
真犯人を割り出すためにDNAの採取や鑑定が大きな役割を果たしていることは周知の事実です。


 

ところで、去る1月18日、名古屋地方裁判所で注目すべき判決が下されました。
刑事裁判で無罪判決が下された元被告人に関して国が保有するDNAのデータを、データベース上から除去するよう命じる判決が下されたのです。


 

そもそも、わが国では、捜査機関が保有しているDNAのデータをどのように扱うべきかを定めた法律が存在しません。したがって、この保有データは、省令(国家公安委員会規則)で定められているに過ぎないというのが現状です。諸外国では、データの保管方法や消去すべき場合が法律により規定されている場合が少なくないようです。


   

おととし末の時点で、国が保有するDNAデータは約141万件であると言われています。このデータベースは、ときに犯罪捜査において大きな成果を挙げています。コールドケースと言われるような、いわゆる迷宮入りしていた事件が突如解決したような場合には、このデータベースが大いに活躍したと推測されます。

 

私も、犯罪捜査におけるデータベースの有用性を否定するつもりはありません。

 

ただ、このデータベースの運用方法などについては、やはり法律で定める必要があると思います。

 

判決では、「何人もみだりにDNA型を採取されない自由があり、取得された後に利用されない自由も含まれる」「必要性が示されない場合は保管する必要がなくなったと解すべきだ。犯罪の証明がないと確定した以上は、それ以降の継続的な保管の根拠が薄弱になると言わざるを得ない」と判示しており、的確な指摘だと考えます。

 

DNA情報は、個人の病気や身体的特徴といった秘匿性の高い情報を含んでいます。そのような情報がどのように扱われるべきであるのか、やはり国民の代表である国会で十分に議論される必要があるでしょう。

 

此度の名古屋地裁判決は、私たちのプライバシーに対する意識や犯罪捜査のあり方に一石を投じる重要な判決だと思います。

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第七十八回 今年もよろしくお願い申し上げます。

2022.01.21

すっかり大寒も過ぎてしまいましたが、皆様お元気でお過ごしでしょうか。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

ところで、ちまたではオミクロン株が猛威を振るいつつあり、静岡でも蔓延防止措置の発令が検討される状況です。静岡市では感染者が遂に200人を超えてしまいました。

当事務所でも、こまめな換気やうがい、手洗いなど、感染防止には細心の注意を払ってゆきたいと思っております。

皆様もくれぐれもご自愛ください。


それでは、何やらものものしい年明けとはなりましたが、皆様重ねて本年も宜しくお願い申し上げます。

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第七十七回 二代目中村吉右衛門

2021.12.02

鬼平でおなじみの吉右衛門。いつか歌舞伎座で観てみたいと思い続けていました。

念願叶って最初に観た演目は「奥州安達原」の安倍貞任。文字通り鳥肌が立ちました。

それから歌舞伎にはまり、しばしば歌舞伎座へ通うようになりました。

幸四郎の襲名披露で演じた「勧進帳」の富樫や「井伊大老」の井伊直弼も良かった。

特に覚えているのは時代物の大役、「熊谷陣屋」の熊谷直実。息子を喪い最後に出家した直実が僧形に姿を変え、「十六年はひと昔」の名台詞を吐きながら花道を下がる場面は圧巻でした。

「伊賀越道中双六」(沼津)の呉服屋十兵衛も素晴らしかった。涙なしには観られません。

世話物では、「河内山」の河内山宗俊もコミカルで味わいがありました。時に鬼平が話しているように錯覚しましたね。同一人物が演じているのですから当たり前ではありますが。


 

以前連載していた日経の「私の履歴書」では、傘寿に弁慶を演じるのが夢だと話しておられましたが、残念ながら叶いませんでした。一度でいいから吉右衛門の飛び六方を観劇したかった。

松王丸、俊寛、由良助等々。観たかった役を挙げればきりがない。

最後の出演は今年3月「楼門五三霧」の石川五右衛門。観に行こうと思っていた矢先に休演し、その後病に倒れ不帰の客となりました。返す返すも残念でなりません。


間違いなく当代随一の立ち役。好きな役者は何人かいますが、やはり最も上手で一番好きな役者でした。

大播磨に合唱。

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第七十六回 国家賠償請求訴訟②

2021.11.29

日本の刑事裁判における有罪率は99パーセント以上と言われます。起訴されてしまえば有罪はほぼ間違いないと言っても過言ではありません。

逆に言えば、そのような刑事裁判で無罪となったのであれば、結果として捜査機関の捜査は不十分であったと言えますし、検察の主張立証も不十分だったと言えます。

我々弁護士の立場から厄介なのは、結果として捜査や立証活動が誤っていたというだけでは国家賠償請求訴訟に勝てないということです。

少し裁判に詳しい方なら、不法行為の成立には、加害者の故意又は過失が必要であるということを御存知かもしれません。この点は、国家賠償請求訴訟でも同様です。

今回のように、誤った起訴がされたという場合に、捜査機関や検察が、故意に、つまりは乾燥噴霧機が規制対象とはならないことを知りながら「わざと」大川原さんたちを立件しようとしたことを立証するのは事実上不可能ですし、おそらく実態としてもそうではなかったでしょう。

そうすると、捜査機関が捜査を誤ったことに過失があったこと、そして、検察官が起訴したことに過失があったことを立証しなければ国家賠償請求訴訟には勝てません。


ところが、この過失の立証が容易ではありません。ポイントは、捜査機関が保有していると思われる乾燥噴霧機の性能につき、滅菌や殺菌が十分に出来ない可能性があったことを示す客観的な証拠の存否ですが、我々は、捜査機関が捜査の過程で収集した証拠の全てを見ることが出来ません。当然のことながら、検察は自らに不利となるような証拠を見せようとはしませんから、弁護側は、基本的に開示された証拠のみから捜査機関の過失を立証してゆかなければならないのです。

そして、開示された証拠は、検察において被告人の有罪を立証するための根拠ですから、それらのみで捜査機関の過失を立証すること、捜査機関の捜査が誤っていたと立証するのは容易ではないのです。

同様のことが検察にも当てはまります。検察が公訴を取り消し、自らの起訴が誤りであったことを示す証拠は、おそらく弁護人に開示されていないでしょうし、国家賠償請求訴訟においても開示されない可能性が高いです。

そうすると、検察の起訴に過失があったことを立証するのは、我々が考えるほど容易いことではありません。


今回の事件は、捜査機関による見込み捜査、杜撰な裏付け捜査、違法な取り調べ、長期の身体拘束と人質司法、証拠の偏在といった我が国における刑事司法の問題点のオンパレードです。私も弁護士のはしくれとして、心して対峙しなければならないと感じさせられた事件でした。

便りここまで

第七十五回 国家賠償請求訴訟①

2021.11.22

大川原化工機の捜査は警視庁公安部が担当していました。

生物兵器に転用可能な機械の無許可輸出ですから、公安部が捜査を担当するのはある意味自然なことです。


ところで、国家賠償請求訴訟の訴状を見ると、警視庁公安部は、捜査の過程で乾燥噴霧機が規制対象にならない可能性を示す証拠を入手していた形跡があるようです。しかも、その証拠を検察庁に送致していなかったようです。

さらには、島田さんに対して、違法な取調べや証拠隠滅を図ったともされています。

公安部は、島田さんを最も落としやすい人物と判断し圧力をかけたのでしょう。

大川原さんと島田さんの身体拘束は約11か月に及び、この間弁護人は5回保釈を請求しましたが、いずれも却下されました。相嶋さんに至っては7回保釈請求しましたがいずれも却下されました。

せめてもの救いだったのは、相嶋さんについて勾留の執行停止が認められたことです。刑事訴訟法では、病気や親族の葬儀などの事情がある場合、勾留を一旦停止して釈放することが出来る旨を定めており、これが勾留の執行停止です。これが認められなければ、相嶋さんは獄死を免れないところでした。


ざっと見てきたただけでもとても恐ろしい事件ですし、我々一般市民が冤罪に巻き込まれるおそれは何処に潜んでいるか分からないことを如実に表す事例とも言えます。

大川原さんが提起した国家賠償請求訴訟に対し、誤った捜査をした国が真摯に対応することを切に願いますが、この国家賠償請求訴訟に勝訴するのが必ずしも容易ではありません。

検察が自ら公訴を取り消したのだから、勝訴を獲得するのはさほど難しくないのでは?というのが当然の感覚だと思いますし、私もそうあるべきだと思いますが、そう簡単にいかないのが裁判の実情なのです。

そのあたりを次にお話ししたいと思います。

便りここまで

第七十四回 公訴取消②

2021.11.15

問題となったのは、横浜市所在の大川原化工機が製造した乾燥噴霧機という機械でした。乾燥噴霧機は液体を粉末にする機械で、インスタントラーメンの粉末スープやコーヒーの製造に用いられているそうです。大川原化工機は、この乾燥噴霧機の製造でトップシェアを誇っていました。

ところが、この機械が、生物兵器に転用可能であって本来外為法上輸出には許可が必要であるところ、会社が無許可でこれを輸出したとして検挙されたというのがこの事案でした。

大川原正明社長、島田順司元役員、そして故相嶋静夫元顧問の3名が逮捕され、大川原さんと島田さんは1年近くも身体拘束されました。

さらに悲劇的なのは、相嶋さんは勾留中に胃がんと診断され、名誉回復が叶わぬままに死去してしまったことです。

では、何故このような悲しい事態が起こってしまったのでしょう。


外為法上、装置内の滅菌や殺菌が出来る機械の輸出には監督官庁の許可を得る必要があります。そして、この乾燥噴霧機は、ヒーターにより装置を加熱すると装置内が摂氏90度以上となり、滅菌や殺菌が可能であるから輸出許可の対象となる、というのが捜査機関の見立てでした。

ところが、弁護人が行った実験では、装置内が50度程度にしかならない箇所があったそうです。

逮捕された大川原さんは、何が問題なのかすら分からなかったそうです。問題点すら分からなかったのですから、大川原さんには犯罪を犯す意思(故意といいます。)や共謀も当然なかったことでしょう。


刑事裁判を始める前に争点や証拠を整理する「公判前整理手続」では、検察側と弁護側で相当激しい遣り取りの応酬があったようです。興味のある方は、此度の国家賠償請求訴訟でも代理人を務める>> 和田倉門法律事務所のホームページも覗いてみて下さい。


このような遣り取りを経た初公判の4日前、検察は突如公訴を取り消しました。

理由は、乾燥噴霧機が法規制に該当することの立証が困難であると判断したためだそうです。

要するに、客観的に本件乾燥噴霧機の性能につき滅菌や殺菌が可能で生物兵器に転用可能という立証が出来ないと判断したものであり、主観的な社長の故意や共謀が立証できるかどうか以前の問題として公訴を取り消したことになります。

捜査は杜撰であったと言わざるをえません。

次回に続きます。

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第七十三回 公訴取消①

2021.11.08

刑事裁判において訴えを起こすことを文字通り「起訴」と呼びます。「公訴提起」と呼ぶこともあります。

この起訴を行う権限は、一部の例外を除いて国家公務員である検察官がこれを独占しています。


ところで、ひとたび刑事裁判を提起されれば死刑に処せられる可能性すらあります。他方で、如何に疑わしくとも証拠が不十分であれば起訴され刑事裁判に付されることはありません。

このように、刑事裁判にかけられるか否かは被疑者にとってその後の人生をも左右する重大事ですから、起訴するか否かを決定する検察官の権限は大変強大です。そこで、担当検察官は、通常起訴するか否かを単独で決定することはしません。求刑を含め起訴することの決裁を検事正(地方検察庁のトップです。)や次席検事(同じくナンバー2ですね。)から得るというのが実務となっています。刑事裁判は被疑者や被告人の重大な人権侵害となる可能性をはらんでいますから、起訴するか否かの判断も検察庁において慎重に判断されています。

逆に言えば、このように慎重なプロセスを経て起訴がされた以上、これが取り消されることはまずありません。検察官が起訴を行ったということは、当該被告人が有罪であることを検察庁として確信していることを意味していますし、これを取り消すことは組織の威信に関わるからです。

ひとたび行われた起訴を取り消すことを「公訴取消し」と言いますが、公訴取消しが行われることは極めて稀です。以前、検察官と話をした折、公訴取消しをするには、検事総長の決裁が要ると話していました。検察にとって公訴取消しはそれほどの重大事なのです。

ところが、近時、まず行われるはずのない公訴取消しが実際に行われたとの新聞報道がありました。

外為法違反(無許可輸出罪)で起訴された被告人の公訴取消しがされたようです。言わば検察庁全体が起訴は間違いであったと認めたと言ってよいと思います。

元被告人らは誤った起訴により損害を被ったとして約5億6000万円の国家賠償請求訴訟を提起したようですが、被告である国は争う姿勢を示しているようです。

それでは、果たして今回の事件はどんな事案だったのか、様々な問題提起を含んだ事案のようですので少し触れてみたいと思います。

便りここまで

第七十二回 「たとえ1%であっても」

2021.09.29

前回は、全盲の女性の逸失利益が健常者の8割とされた広島高等裁判所の判決をご紹介しました。

では、私たちは、この判決をどのように考えればよいのでしょうか。


前回、裁判における証拠の重要性に触れました。

私は裁判資料を見たわけではないので以下はある程度推測ですが、加害者側(実質的には保険会社)は、証拠として、視覚障害者の収入に関する何らかの統計資料を提出したものと思われます。その統計資料には、視覚障害者の収入が健常者よりも少額であることが示されていたのでしょう。

私としても、実態として視覚障害者の収入が健常者よりも少ないことを否定するつもりはありません。それは厳しい現実なのだと思います。

問われるべきだと思うのは、そのような統計資料を用いて判決を下すことが妥当かどうかという点です。

大胡田弁護士は、「障害があってもなくても同じ収入を得られる社会を目指さなければならないのに、今ある差別を裁判所が追認した不当な判決だ。たとえ1%であっても障害を理由にした減額は受け入れられない。」とコメントしていたそうですが、このコメントが、この事件の核心を突いていると思います。

確かに、争いのある事実は証拠によって認定されなければならないというのは裁判の大原則です。

けれども、果たして、それで基本的人権の保障や社会的正義が実現されるのか、という点に問題の本質があるように思われます。大胡田弁護士も、そのことを伝えたかったのでしょう。

私も、法律家のはしくれとして、裁判の大原則と、弁護士法にも謳われている人権保障や社会正義の実現とのジレンマに苦悩を感じます。


本件は、憲法違反を根拠に最高裁判所に上告する余地も残されていたように思いますが、上告せずに確定したようです。地裁判決が高裁で有利に変更されたことを踏まえた現実的な判断でしょうか。

いずれにせよ障害のある方もそうでない方も、せめて裁判においては同様の結果を得られないものかと強く感じています。

便りここまで

第七十一回 健常者の8割

2021.09.17

民事でも刑事でも、およそ裁判は過去に起きた事実に法をあてはめて判決を下すという過程をたどります。裁判のなかで事実の存否が争いとなる場合には、証拠によって事実の有無が決せられることになります。

この証拠にはさまざまなものがあり、防犯カメラの画像や目撃証人の供述も証拠ですし、事案によっては統計資料なども証拠となります。

このように、「証拠」は、裁判のなかで大変大きな比重を占めています。証拠の中身が判決の結果に影響を及ぼす事案は、決して少なくありません。


先日の新聞報道で、全盲の女性の逸失利益が、視覚障害のない一般人の8割と認定されたという記事をご覧になった方もおられるでしょうか。

女性は、高校2年生の時に交通事故に遭い、高次脳機能障害を負ったそうです。その女性が、高次脳機能障害がなければ得られたはずの賃金などのことを「逸失利益」というのですが、広島高等裁判所は、この女性の逸失利益を、健常者の8割と認定したそうです。1審では7割と認定されていたそうですから、高裁では1割の増額となりました。

ところで、この女性の代理人を務めておられたのは、大胡田誠弁護士で、全盲の方です。書籍も出版されておられますし、ドラマ化もされたので御存知の方もおられるでしょう。ちなみに、静岡県沼津市のご出身です。


さて、みなさんはこの結論についてどのようにお考えになりますか。

目が不自由なのだから、逸失利益が健常者より少ないのは当然のことなのでしょうか。それとも、減額されることは不適切なのでしょうか。

次回は、この裁判につき少し掘り下げてみたいと思います。

便りここまで

第七十回 共謀共同正犯

2021.09.01

共謀共同正犯と言われてピンと来る人は多くないと思います。私も、恥ずかしながら司法試験の勉強を始めたばかりのころには、「共同共謀正犯」と混同していたほどです。

この「共謀共同正犯」を分かりやすく言うと、実際に手を下していなくとも、指示をした人物を「正犯」として処罰するための刑法理論です。「正犯」とは、ここでは、最も悪い人間というぐらいの意味で考えてもらえばよいと思います。

「共謀共同正犯」は、条文上定めがあるわけでもなく、解釈によって認められているものです。

刑法の教科書では、ヤクザの親分が子分に犯罪を命令した場合に、親分が「正犯」として罰せられないのは不合理であるなどと説明されていました。

とはいえ、共謀共同正犯も無限定に認められるものではなく、「共謀」があったことは認定される必要があります。もっとも、この「共謀」は、例えば目くばせでも足りるとされていて、認定には曖昧さが付きまといます。


8月24日、福岡地方裁判所で、工藤会会長の野村悟被告人に対し、死刑判決が下されました。田上不美夫被告人には無期懲役の判決が下されています。

判決は、野村被告人らに殺人や組織犯罪処罰法違反を認めたものですが、彼らはいわゆる実行犯ではなく、正に「共謀共同正犯」とされました。

しかも、「共謀」の認定に関する証拠は相当に乏しい事案であったようです。毎朝、野村会長を組員が正座で迎えていたなどの事実を細かく積み重ねて、犯行の指示をしたのは野村会長以外あり得ないという結論に至ったようです。暴力団という組織の特殊性を重視した判断と言えるのかもしれません。


刑事記録を見ていませんから、詳細はコメントしづらい部分があります。被害者や御遺族のお気持ちも察するにあまりあります。

他方、共謀共同正犯が安易に認定されれば、処罰範囲が無限定に広がり、罪刑法定主義が骨抜きになるおそれもあります。

いずれにせよ、最高裁判所が最終判断を下す事案でしょうから、推移を注視してゆきたいと思います。

便りここまで

第六十九回 河合純一さん

2021.08.25

8月24日から始まった東京パラリンピック。夏季パラリンピックが同一都市で開催されるのは史上初とのことです。

この東京パラリンピックの選手団長は「カワイジュンイチ」さんとテレビ報道されていました。

なぜ、往年のバレーボール選手が団長なのか、一瞬不思議でしたが、「川合俊一」さんではなく、「河合純一」さんでした。

昨今はスピーチも原稿棒読みがほとんどですが、視覚に障害のある河合さんは、結団式での7分20秒のスピーチをそらんじたそうです。名スピーチだったとのことで、聴いてみたかったですね。


ところで、河合さんとは一度お会いしたことがあります。

握手させていただきましたが、とてもがっしりとした手でした。この手で水を掻き、金メダルを手にするまでには並大抵の努力ではなかっただろうと感じ入ってしまったことも憶えています。


障害者スポーツへの関心も、ひと昔前よりは相当高まっていると感じます。パラリンピックが開催された都市では、障害者雇用率が上昇したり、バリアフリー化が進展したりと目に見えた成果もあるようです。

まずは無事に大会が終わりますことを、そして、すべての障害を抱えた方がより生活しやすい社会になることを願ってやみません。

便りここまで

第六十八回 岡口裁判官は罷免されるべきか

2021.08.23

岡口基一裁判官の弾劾裁判について、引き続き書きたいと思います。


今回、岡口裁判官のどのような言動が具体的に問題となっているのか、インターネットなどで調べてみましたが、現時点では判然としませんでした。今後国会内で開かれる弾劾裁判において明らかになると思っていますし、そのときに改めてコラムを書いてみたいと思います。

もっとも、調査した限りで間違いなさそうであることは、2015年に東京都江戸川区内で起きた高校生殺害事件に関するSNS上の投稿が問題視されているようだということです。

品位に欠けるきらいがあるので、あえて引用まではしませんが、個人的には岡口裁判官の言動は、故人や御遺族の心情への配慮に欠ける言動であったと考えます。

本年6月25日付朝日新聞の報道によれば、御遺族は岡口裁判官に対して慰謝料請求の民事訴訟を提起されたようですし、御遺族のご心痛を察すれば当然の行動であると思います。


ここで私たちが立ち止まって考えてみたいのは、岡口裁判官が、この民事訴訟や最高裁判所による懲戒手続を超えて、罷免されるべきであるのかという点です。

岡口裁判官による一連の言動がつまびらかにされていない現時点において、断言することは適当ではありませんし、それは困難なことです。

けれども、これまでこのコラムで触れてきた裁判官の独立や裁判官による表現の自由は、民主主義の根幹をなす仕組みや権利ですから、最大限に尊重される必要があると思います。裁判官の独立や表現の自由がひとたび侵害されれば、これは他の裁判官や国民にも萎縮効果をもたらします。ますます意見が言いづらい風潮が広がるでしょう。

奇異な言動をとる裁判官には裁判をしてほしくないという意見はとてもわかりやすいですが、そのような裁判官を弾劾裁判により罷免することのデメリットについても十分に考えておく必要があります。


今回の弾劾裁判との関連は不明ですが、当局は、裁判官や裁判所職員のSNS上における発言への監視を強めているようです。それまでツイッターなどで閲覧出来たアカウントが消失しているケースも散見されます。

既に「萎縮効果」が表れ始めている、ということでなければよいのですが・・・。

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第六十七回 東京オリンピック・パラリンピック

2021.08.16
第六十七回 東京オリンピック・パラリンピック

7月23日に開幕した東京オリンピックが8月8日に閉幕しましたが、今回のオリンピックほど賛否両論が分かれた大会もないように思います。

 

コロナとの関連にはここではあえて触れませんが、このような酷暑のなかで五輪を開催するのは選手にとって過酷です。

テニスの世界ランク2位ダニル・メドベージェフ選手は生命に関わる問題であると疑問を呈して実際に試合開始時刻が変更されましたし、男子マラソン日本代表の服部勇馬選手は深部体温が40度を超過するという重度の熱中症にかかりました。のみならず、男子マラソンでスタートラインについた106人中、棄権者が30名にも上ったといいます。

それ以外にも、気象条件に対するクレームは枚挙に暇がありません。 五輪をこの時期に開催するのは、秋シーズンに開幕することの多いアメリカのプロスポーツや、それに付随して五輪やアメリカプロスポーツの巨額な放映権料を握る放送局との兼ね合いであると予てより囁かれていますが、改善は急務であるように思います。

実際、1964年の東京五輪は、10月10日が開幕日だったわけですし、変更は可能であると思われます。


それから、今回の五輪では、IOC役員らの利権についても取り上げられました。

何でも、IOCの幹部は相当高額のホテルに滞在することが契約中に盛り込まれているようで、「五輪貴族」とも揶揄されました。

セキュリティや情報漏洩防止などの観点があることは理解出来ますが、コンパクトな五輪を目指すのであれば、このあたりの改革も必須でしょう。


今回の五輪は、商業化・肥大化した五輪の分岐点になるかもしれません。参加選手本位の五輪に立ち返らなければ、五輪を開催する意義は益々矮小化されるように思います。

24日からはパラリンピックも開催されますが、最後まで選手全員が無事に競技を全う出来ることを心より願います。


 

とはいえ、東京五輪は1年延期されましたから、パラリンピックが終わると次の五輪は早くも3年後の2024年に行われます、と書こうと思いきや、北京冬季五輪は半年後に開催されると知りました。文字通りまもなくやって来ます。

無事に開催出来れば良いのですが、半年後はどのような状況になっているでしょうか。

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第六十六回 うまいこといいますね

2021.08.11
第六十六回 うまいこといいますね

30年ほど前、フジテレビで深夜に「カノッサの屈辱」という番組が放映されていました。
現代に起きている様々な事象を、史実になぞらえて解説する知的エンターテインメントでした。

私はタイトルの意味が判らず、当時、山川の「世界史用語集」で調べました。
中身はすっかり忘れてしまったので改めて調べましたが、ローマ教皇に破門されたローマ王が、小雪舞うカノッサ城の前で裸足のまま3日間断食して祈りを捧げ、教皇にゆるしを乞うた事件でした。

此度の名古屋市長が金メダルを噛んだ事件で、市長が選手の所属先であるトヨタ自動車へ謝罪に赴いたところ、受付を通ることが出来ず、公用車車中から謝罪したと報じられました。

この出来事を誰かが「カノッサの屈辱」になぞらえて発信したようで、SNS上でトレンド入りしたそうです。

史実ではローマ王は教皇にゆるされ破門を解かれたようですが、果たして市長はどうなるのでしょうね。

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第六十五回 表現の自由とプライバシー権

2021.08.10

そろそろ本題に入りたいと思います。

以下は、あくまで私見ですので、当事務所の他のスタッフは異なる意見を持っているかもしれないことを一応お断りしておきます。


裁判官弾劾法2条は、裁判官の罷免事由につき以下のように定めています。
 嵜μ馨紊竜遡海肪しく違反し、又は職務を甚だしく怠ったとき」(1号)
◆嵜μ海瞭盂阿鯡笋錣此∈枷輯韻箸靴討琉區を著しく失うべき非行があったとき」(2号)


今回は2号の問題となります。

つまり、岡口裁判官のSNS上における発言が「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」と言えるかどうかが問題となるのです。


ここで確認しておく必要がある事柄は、裁判官にも市民的自由、具体的には表現の自由が保障されているということです。

無論、裁判官は国家公務員であり、職務上の守秘義務なども負っていますから、一般市民より発言や意見表明に制約を受ける場面はあるでしょう。

けれども、表現の自由は、私たちに保障される人権の中でも特に重要な権利であり、民主主義の根幹をなす権利であるということは忘れてはならないところです。

他方で、犯罪に遭われた方の名誉やプライバシー権も表現の自由に比して決して劣るとは言えない重要な権利です。

まして、それが殺人事件などの重大事件における被害者遺族であれば、保護の必要性もより高いと言えますし、昨今のSNSにおける誹謗中傷事案の多発という問題からしても、これらの権利が大切なものであることに疑問の余地はありません。


このように、本件では、表現の自由とプライバシー権(このように単純化しきれるものではないかもしれませんが、あえて短く表現します。)という、現代において極めて重要度の高い権利がぶつかり合っているからこその悩ましい問題があるということを理解していただきたいと考えます。

非常識な言動をする裁判官の裁判など受けたくない、そのような裁判官は辞めさせてしまえ、というのは一見単純明快ですし、賛同者も少なくないかもしれません。

けれども、憲法が裁判官の身分保障を最大限に行っている趣旨を、一歩立ち止まって考えてみる必要があるのではないでしょうか。

以下、次回に続きます。

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第六十四回 噛んだ!?

2021.08.05

往年の名優勝新こと勝新太郎は、長唄三味線方であった父杵屋勝東治が死去した際、遺骨を食べてしまったとテレビで観たことがあります。そのときはとても驚きましたが、このニュースについてコメントした作家の荒俣宏さんが、古来日本では「骨噛み」と言って骨を噛んで死者を悼んでいた、と聞いて二度びっくりした記憶があります。


今回、金メダルに歯を立てた名古屋市長がどんな気持ちだったのかは分かりませんが、死者を悼むといった神聖な気持ちだったとは感じられませんね。

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第六十三回 弾劾裁判って何?②

2021.08.02

前回は、弾劾裁判が開かれる前の段階の裁判官訴追委員会について書きました。
今回は、実際の弾劾裁判手続について書きたいと思います。


この弾劾裁判所は、衆参両院議員7名ずつの裁判員で構成されます。審理は公開の法定で行われるので、誰でも傍聴出来るのが原則です。ここは裁判官訴追委員会と異なりますね。

そして、裁判官弾劾法は刑事訴訟法を準用しているため(裁判官弾劾法30条)、基本的に刑事訴訟と同様の手続で審理が進行します。

裁判員による評議(話合いのことですね。)の結果、3分の2以上の賛成で罷免となります。14名の裁判員であれば、10名の裁判員の賛成票が必要ということになります。


ざっと調べたところ、過去9件の弾劾裁判が行われ、7名の裁判官が罷免されているようです。

私の記憶では、7、8年前に電車内で盗撮をした裁判官が罷免となりました。

罷免されると、裁判官はその身分を失います。弁護士や検察官になることも出来ず、退職金も受け取ることが出来ません。年金受給も制限されるようです。

さらに、この弾劾裁判所は、三権分立の検知から設置されている「特別裁判所」であるため、罷免された者は、その判決に対し、通常裁判所へ異議を申し立てることが出来ません。


このように、弾劾裁判による罷免は、これを受ける裁判官にとって極めて重い処分ですから、抑制的に判決が下される必要があると思います。


それでは、本件の岡口裁判官は、罷免されるべき人物なのでしょうか。

次回に続きます。

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第六十二回 弾劾裁判って何?

2021.07.26
第六十二回 弾劾裁判って何?

前回は、岡口基一裁判官が国会中の弾劾裁判所の裁判にかけられることになったことをお話ししました。弾劾裁判が開かれること自体、極めて稀なことです。

それでは、この耳慣れない「弾劾裁判所」は、どのような場合に開かれるのでしょうか。
本題に入る前に、その手続を概観してみたいと思います。


弾劾裁判を行うかどうかを決めるのは、「裁判官訴追委員会」という組織です。
刑事裁判でいう検察官の役割ですね。刑事裁判では、検察官が単独で起訴するかどうかを決定しますが、弾劾裁判では、起訴するかどうかを裁判官訴追委員会という合議制の機関で決定することになります。

この裁判官訴追委員会は、衆参各10名の議員により構成されます。委員会内の議事は非公開とされています。


ちなみに、この裁判官訴追委員会に対して、日本国民であれば、誰でも「訴追請求」を行うことができます。

ただし、罷免の事由(例えば不当な判決が下されたなど。)から3年が経過すると、訴追請求が出来なくなります(裁判官弾劾法12条)。
ですから、あまり昔の件については訴追請求をすることが出来ません。


この裁判官訴追委員会で議事を進行し、3分の2以上の賛成があると、委員会は訴追を決定し、弾劾裁判が開かれることになるのです。
20名の委員中、14名の賛成が必要ということになりますね。


ちなみに、以下のホームページに、過去の訴追案件と訴追が猶予された案件が掲載されており、時代を感じさせる内容となっているので、興味のある方はご覧になって下さい。

(訴追案件)>> 裁判官訴追委員会:罷免の訴追をした事案の概要

(猶予案件)>> 裁判官訴追委員会:罷免の訴追を猶予した事案の概要

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第六十一回 裁判官の罷免?

2021.07.16

前回はドラマの話から、裁判官の再任拒否、そして裁判官の職務の独立という少々難しいテーマに触れました。
今回はこれに関連して、近時国会で弾劾裁判を受けることになった岡口基一判事のことについて書きたいと思います。


前回触れた裁判官の再任拒否ですが、このような事態は滅多に起こるものではありません。
再任拒否が頻繁に起これば、裁判官は最高裁の顔色ばかりを見て、当事者を見ずに裁判を行うことになりかねません。
ですから、「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。」と定められ(憲法78条)、その身分が厚く保障されています。
つまり、裁判官は、「裁判」による厳正な審理を経なければ罷免されることはありません(ちなみにこの裁判のことを「分限裁判」といいます。)。しかも、その理由は「心身の故障」に限られています。下した判決の中身で罷免されることはないのです。
この点は、裁判によらずとも懲戒により免職となる可能性がある他の公務員とは異なっています。


ところで、勘のよい方はお気づきかもしれませんが、先の憲法78条は「公の弾劾」によらなければ罷免されないと定め、裁判官が罷免される例外的な場合があることを定めています。
これが今回岡口裁判官について開廷されることとなった「裁判官弾劾裁判所」です。何ともおどろおどろしい名称です。


今回はここまでとして、次回は岡口裁判官は果たして罷免相当であるのかどうか考察してみたいと思います。

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第六十回 イチケイノカラス 最終回

2021.07.09

「イチケイノカラス」が6月14日の放映をもって終了となりました。
私は、毎週楽しみに視聴していました。御覧になっていた方もおられるでしょうか。


ところで、最終回では裁判官の再任拒否がドラマの伏線となっていました。裁判官の再任拒否ってどういうこと?とお感じなった方もおられると思います。
もちろん裁判官は国家公務員ではあるのですが、その定年や身分保障には他の公務員と異なっているところがあります。


まず、定年ですが、裁判官によって2種類に分かれています。
最高裁判所裁判官及び簡易裁判所裁判官の定年は満70歳です(憲法79条5項・裁判所法50条)。
それ以外の裁判官の定年は満65歳とされています(裁判所法50条)。


ところで、裁判官が他の多くの公務員と異なっているのは、任期制であるという点です。
最高裁判所裁判官以外の裁判官の任期は10年とされています(憲法80条1項)。
ちなみに、裁判官は最初に任命された後10年を経過するまでは「判事補」と呼ばれます。最初の再任で晴れて「判事」となり、「補」が外れます。
このように、裁判官には任期制が採用されていることから、再任拒否という問題が出てくるのですね。
では、この裁判官の再任を拒否する主体はどこでしょう?
最高裁判所裁判官以外の裁判官を任命するのは内閣とされています(憲法80条1項)。
ですから、再任を拒否するのは形式的には内閣ということになりそうです。
けれども、内閣は、「最高裁判所の指名した者の名簿」から裁判官を任命すると憲法80条1項で定められています。
つまり、毎年任命予定者の名簿を作成して内閣に提出するのは最高裁であり、その名簿に万が一名前が漏れてしまったら、任命されないということになってしまうのです。
ですから、再任拒否の実質的判断権は最高裁が握っていると言ってよいでしょう。ここがドラマの肝になってくるのですね。


もちろん「イチケイノカラス」はドラマですし、裁判官はその職務の独立が憲法によって保障されていますから(憲法76条3項)、現実に再任拒否は滅多に起こるものではありません。
しかし、過去には、この「再任拒否」が現実に行われました。
1971年、宮本康昭判事補は10年の任期を終えた後再任を希望していましたが、最高裁判所は、宮本判事補を再任名簿から除外し、宮本判事補は再任されませんでした。その理由には、裁判官の思想信条や当時の時代背景など様々な事情が絡んでいるようですが、ここでは詳しくは触れません。
いずれにせよ、今から約50年前の話ではありますが、近時問題となっている岡口基一裁判官の問題など、裁判官の独立は、大津事件以来古くて新しい問題と言えます。
裁判官の再任拒否は、裁判官の独立や三権分立の根幹を揺るがしかねない問題をはらんでいるのです。
このような背景を知っておくと、ドラマをより楽しめるかもしれませんね。

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第五十九回 合理的配慮は何のため?

2021.07.05

前回は、障害者差別解消法や障碍者雇用促進法の一場面において、合理的配慮の提供に際し障害のある人からの意思の表明が必要とされていることを述べました。

では、なぜ障害のある人からの意思の表明が求められているのでしょうか。


まず、障害者差別解消法について述べますと、解消法は広範囲の日常生活や社会生活のなかで障害のある人が直面する社会的障壁の除去につき一般的に規定している法律です。したがって、相手方となる行政機関等や事業者において、何が障害のある人にとって社会的障壁となっているのかを知り得ない場合も考えられます。

そこで、そのような場合に備えて、障害のある人から意思の表明をしてもらうことがより問題の解決に役立つと考え、障害のある人からの意思の表明を求めたものと考えられます。

次に、雇用促進法が労働者の募集・採用の場面において意思の表明を求めている点ですが、従業員を募集する企業の側からすれば、通常初対面である応募者が障害を有している場合、どのような配慮をしたらよいのかは、労働者の側からその意思を表明してもらわなければ把握が困難であり、また企業側からはセンシティブ情報を聞きづらいといった理由があるからだと思われます。

他方で雇用促進法は、雇用中の障害のある労働者については合理的配慮の申出を定めてはいません。これは、既に雇用中の労働者が障害を有している場合には、企業側において労働者にどのような合理的配慮を提供すべきか、申出がなくとも十分判断可能であるからだと思われます。

このように考えると、差別解消法の適用場面においても、行政機関等や事業者が障害のある人にとって社会的障壁の除去が必要であることを知り得る場合には、あえて障害のある人から意思表明がなくても必要な配慮を提案するなどの対応をとるべきであり、障害のある人からの意思表明がなかったとの理由で合理的配慮義務を免れることは出来ないと考える必要があると思います。


この点、基本方針は、意思表明が困難な障害者が、家族等の介助者等もなく意思表明がない場合で、社会的障壁の除去を必要としていることが明白な時には、建設的対話を働きかけるなど自主的な取組に努めることが望ましい、と定めるにとどまっており、踏込み不足です。

しかし同時に、合理的配慮として具体的にどのような調整や変更をすべきかについては障害のある人本人の意向を尊重しなければなりません。本人の意向をないがしろにして、一方的にお仕着せの合理的配慮提供しても真の平等は実現出来ませんし、障害のある人の尊厳と自己決定を損なうことにもなります。


以上のように、合理的配慮の提供は、提供者側の提供義務と障害のある人の尊厳や自己決定がときに衝突する、とてもセンシティブな場面です。

十分な対話が必要であることは明らかですが、その対話をどちらから持ち掛けるのかなど、難しい問題をはらんでいます。

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第五十八回 声を上げる勇気

2021.06.28

前回は「社会的障壁」についてお話ししましたが、今回は「合理的配慮」について触れたいと思います。

「合理的配慮」について、障害者差別解消法は行政機関等と事業者で書き分けていますが、その共通項は、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて社会的障壁の除去の実施についてなされるものであるということです。

行政機関等の場合はそれがその事務又は事業を行うに当たり行わなければならないものであり法的義務とされていますが、事業者の場合は、その事業を行うに当たり行うように努めるべき努力義務とされています。

解消法が事業者の合理的配慮義務を努力義務に止めている点は問題をはらんでおり、将来的には法的義務へと昇華する法改正が望まれます。


さて、ここで気になるのは、合理的配慮をなす前提として、障害者側からの「意思の表明」が求められていることです。

果たして、この「意思の表明」は、合理的配慮をなす上で必須のものなのでしょうか。

現行法のなかで、合理的配慮の提供に際して障害のある人が意思表明すべきことを定めているのは障碍者差別解消法と障害者雇用促進法の募集・採用時の場面のみであり、その他の法令は障害者権利条約をはじめいずれも障害のある人からの意思表明を必要と定めてはいません。

したがって、元来合理的配慮に対する意思表明は、合理的配慮の本質から必要とされる要件ではないものと言えそうです。

合理的配慮の不適用は差別になることからすれば(権利条約2条・基本法4条)、意思の表明を過度に求めることは、意思の表明がないことを理由に差別を容認することにもつながりかねず相当ではないでしょう。


では、なぜ解消法や雇用促進法の一場面では、障害のある人からの意思の表明が求められているのでしょうか。

この点にはやや複雑な背景があり、障害者差別の本質にも関わる部分ですので、次回に触れていきます。

便りここまで

第五十七回 社会的障壁って何ですか?②

2021.06.21

前回は社会的障壁の定義や障害、障害者がどのように捉えられているのかという点についてお話ししました。

今回は、具体例を交えながら、社会的障壁についてもう少し考察を深めていきたいと思います。


前回、社会の利便性と障壁の高さはときに反比例をなすことに触れました。

心身に機能障害がある場合、身体的な動作や視聴覚その他の感覚、物事の認知や情報処理の仕方や速度が障害のない人とは異なっています。そのため、障害のない人を想定して作られた社会のインフラや制度などは障害のない人にとっては利便性が高く出来ていますが、逆に利用することが想定されていなかった障害のある人にとっては不便であったり使えないものとなるといった事態が生じます。

例えば、ATMや切符の券売機をはじめとして、タッチパネルによる操作が社会の様々な場面で導入されていますが、視覚障害のある人にとっては操作出来ない設備であり社会的障壁となります。


タッチパネルはほんの一例ですが、このような「社会的障壁」が、障害者の社会進出を阻む一因になっていることは、私たちも心に留めておきたいところです。


ここからは少し込み入った話になるかもしれませんが、障害者を機能障害と社会的障壁の相関で捉える考え方からすると、障害というのは一義的、客観的に定まるものではないということになります。

さらに言えば、このように「障害」を捉えるということは、機能障害のある人に対して、社会的障壁といかに向き合い、これをどのように認識したら、機能障害を抱えながらも生きやすくなるのかという問いを投げかけられているようにも思うのです。


この問いに正解はないと思いますし、答えは人それぞれ異なるでしょう。極論すれば、機能障害のある人、各人の回答すべてが正解なのかもしれません。

いずれにせよ、障害のある人もない人も、少し立ち止まって考えてみてもよい問題であると思います。

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第五十六回 社会的障壁って何ですか?

2021.06.14

みなさんは「社会的障壁」という言葉を耳にしたことはありますか?
最近、少しずつ耳にする機会が増えてきたような気もしますが、私だけかもしれません。


社会的障壁とは、機能障害がある人にとって、日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行観念その他一切のものをいうとされています(障害者差別解消法2条2号)。

つまり、解消法は、「障害」を「機能障害」と捉えることを前提としているのですが、実は、何をもって「機能障害」とするかという点から必ずしも簡明ではないように思います。

それはさておき、解消法は、障害者のことを、機能障害と社会的障壁によって継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にある人のことをいうと定義しています。

このように、障害者を機能障害と社会的障壁の相関で捉える視点は重要なポイントの一つであると思います。


ところで、「社会的障壁」は、人が、他の人と同じように、自由に日常生活や社会生活を送ろうとするときに「壁(バリア)」となって立ちはだかるものです。

建築物などの物質的なものに限らず、制度、慣行、社会認識及び観念なども障壁になることがあります。

障害がある場合には一定の資格を与えないことにするなど、障害のある人を意識的に排除しようとして作られる障壁もあります。 しかし、むしろ障害のない人のための便宜に作られた社会のインフラや制度が、障害のある人にとっては障壁になることも少なくありません。

このように、いわば障壁の度合いと社会の利便性が表裏の関係になる場合があるということが、2つ目の重要な視点であると思います。


次回は、この「社会的障壁」について、もう少し触れてみたいと思います。

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第五十五回 不当な差別的取扱い

2021.05.27

私たちが日常生活を送るなかでは、障害者とそうでない方との間で異なる取扱いがされている場面をしばしば目にします。
それでは、このような取扱いは、どこまでが許されるのでしょうか。

差別解消法に関する基本方針は、不当な差別的取扱いについて、「正当な理由なく、障害を理由として、財・サービスや各種機会の提供を拒否する又は提供に当たって場所・時間帯などを制限する、障害者でない者に対しては付さない条件を付けることなどにより、障害者の権利利益を侵害すること」と説明しています。
敢えて「不当な」という言葉が付されていることからすれば、障害を理由にして機会提供の拒否、条件の制限条件の付加などをする場合でも、正当な理由がある場合には、例外的に許される場合があるものと、一応は考えられます。

しかしながら、私たちが気を付けるべきことは、差別的取扱いは、「差別」として許されないのが原則なので、「正当な理由」は、そのような取扱いをする行政機関や事業者が十分に立証できるものでなければならないという点です。
私たちは、このような視点をつい忘れがちであるように思います。

先日、ある試験に際して、どの程度まで障害のある受験者の要望に応じるべきかという質問を受けました。
私個人としては、障害者差別解消法の趣旨から、試験の公平性を害さない範囲で、受験者の要望に極力応えてはどうかと回答しました。

障害者が不当な差別的取扱いを受けていると感じる場面は、世間が想像するより多いものと推察します。障害者がそのように感じることが少ない社会は、障害のない方にとっても住みやすい社会であるように思うのは私だけでしょうか。

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第五十四回 恥ずべき壁

2021.05.21

前回は、障害の捉え方には医学モデルと社会モデルという2つのアプローチがあることをお話ししました。
そして、我が国の障害者差別解消法は、社会モデルを基礎としています。

世界各国で制定されている障害者差別解消法のさきがけとなった「障害のあるアメリカ人法(略称ABA)」が1990年に成立した際、ジョウジ・H・W・ブッシュ大統領(パパブッシュですね。)は、世界を二分していた冷戦構造の象徴たるベルリンの壁が前年に崩壊したことになぞらえて「この法律によって、我々の社会にある恥ずべき排除の壁を崩壊させよ。」と格調高い演説をしたと言います。
つまり、我が国の障害者差別解消法は、ABAと同様、社会のなかにある様々な障壁が、障害のある人を排除し、その社会参加を阻み、結果としてその人たちの日常生活や社会生活に様々な制限をもたらしていると考えていることになります。

それにしても、先に触れたブッシュ大統領の演説にある「恥ずべき排除の壁」は、現在において崩壊したと言えるでしょうか。
演説にいう「社会」とは、突き詰めれば、我々一人ひとりの心の集合体であると思います。
そして、私自身、「排除の壁」を完全に取り払ったと胸を張れるのか、自問自答しているというのが率直なところです。

いずれにせよ、ブッシュ大統領は、「恥ずべき壁」が分厚いからこそ、超大国の大統領として演説を行ったと言えそうです。

残念ながら、ブッシュ大統領の演説から30年以上が経過した現在にあっても、この演説は相当な説得力をもって私たちに語り掛けてくるように感じられてなりません。
伊是名さんの件は、「社会にある恥ずべき排除の壁」の厚さを象徴しています。

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第五十三回 障害は矯正すべき?

2021.05.13

障害者差別の解消を考える上で重要なのは、この「障害」をどのように捉えるかということです。この点が、「医学モデル」という考え方と「社会モデル」という考え方の相違となって表れてきます。
それでは、それぞれのモデルは、「障害」をどのように捉えているのでしょうか。

この点、「医学モデル」とは、障害のある方が社会生活に制限を受ける原因を、個人の心身の機能の障害に求めるという考え方です。
他方、「社会モデル」とは、これを社会の構造に求めるという考え方です。

例えば、道路に段差がある場合を考えてみましょう。
医学モデルによれば、歩行や車いすで段差を乗り越えられないのは心身の機能に問題があるからであると捉えます。そして、このような考え方は、障碍者は歩行や車いすで段差を乗り越えるために、リハビリテーションや訓練に励むべきという考え方と結びつきやすくなります。
これに対し、社会モデルは、このような段差を生じさせたこと、または存置している社会の構造に問題があると捉えます。そして、この考え方を推し進めれば、段差を生じさせている社会の構造自体を変えてゆくべきということになるのだと思います。

このような考え方の相違は、突き詰めると、障害または障碍者を、矯正すべき存在と考えるのか、それともありのままの存在として抱擁すべき存在と考えるのかという、個人の人間観に帰着するように思います。

最近、インクルーシブな社会という言葉をしばしば耳にしますが、それは後者を意味しています。
そして、今回の伊是名さんの問題で露わになったのは、先に述べた「医学モデル」が社会に広く浸透しているということではないでしょうか。
私個人は、「社会モデル」を明確に支持しています。

はたして、「障害」とは一体何なのでしょうか。障害者にとって住みやすい社会は、障害のない方にとっても住みやすい社会のはずです。今回述べたことを少しだけ意識していただくと、伊是名さんの問題やその背景が少し違って見えてくるように思います。

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第五十二回 障害者差別って何だろう

2021.04.30

突然ですが、みなさんは障害者基本法という法律を御存知ですか?
率直に言って、身体などに不自由のない方にとっては、あまり馴染みのない法律かもしれません。
しかしながら、身体などに不具合を抱える方々にとっては、自らの生活と権利を守るためのとても大切な法律なのです。
此度、伊是名夏子さんが、無人駅である伊東線来宮駅での道中の顛末をブログ記事で掲載したことで、奇しくもクローズアップされる形となりました。私の拙い知識ではありますが、この「障害者基本法」や近年制定された「障害者差別解消法」について、少し触れてみたいと思います。

障害者基本法中でも最も重要な条文の一つは第4条です。
同法は、2011(平成23)年に改正された第4条1項で障がい者に対する差別を禁止し、続く2項で「社会的障壁の除去は、それを必要とする障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによって前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がなされなければならない」と定めています。

それでは、「社会的障壁」とは、一体何でしょうか?
また、「実施に伴う負担が過重でないとき」とはどのような場合でしょうか?
さらには、「合理的な配慮」とは、いかなることを言うのでしょう?

これらのことについて触れていきたいと思っておりますので、興味のある方はしばしお付き合い下さいませ。

便りここまで

第五十一回 イチケイのカラス

2021.04.20

今春から月9で始まった「イチケイのカラス」。御覧の方もおられることでしょう。

竹野内豊演じる元弁護士の刑事裁判官が、型破りな手法で裁判を進めてゆく法廷物ドラマです。

裁判官をモデルにしたドラマと言えば、「家裁の人」が有名ですね。ドラマ放映後には裁判官志望者が増加したと聞きます。

また、月9で竹野内豊と言えば、「ロングバケーション」も思い出されます(いずれにせよ古いですね。)。

ところで、昨日放映の第3話は「身代わり犯人」がテーマでした。
これを弁護人の立場から見ると、難しい問題をはらんでいます。
被告人が、「本当は自分はやっていないが、自分が罪を背負うので、裁判をそのまま続けてくれ。」と告白されたら、果たして弁護人はどのように対応すべきなのでしょう。
弁護士に課されている「誠実義務」と「真実義務」が衝突する難しい場面とも表現されます。

弁護人としては、まず被告人に真実を話すよう説得します。ここまでは難しくありません。
問題はその先。弁護人の説得に被告人が応じない場合、弁護人が真実を法廷で述べることは守秘義務違反となりご法度。
では、どうすべきなのでしょう。そのまま被告人の意向に従って裁判を進めてよいのでしょうか。
ある程度弁護士をやっていると、このような場面に遭遇することがあります。
みなさんは、どうすべきだと考えますか?

便りここまで

第五十回 総額表示

2021.04.13

本年4月1日より、消費税の表示方法が総額表示に統一されることとなりました。

コンビニエンスストアなどの小売店で、皆様も目にしていることでしょう。

ところで、我々法律事務所も料金表を総額表示にする必要があるのかが事務所内で話題となりました。

誰もよく分からなかったので調査をしてみましたが結論ははっきりしませんでした。

そこで念のため税務署に聞いてみたところ、料金表を提示しているのであれば総額表示とする必要がある、というのが当局の回答でした。

法律事務所の報酬などは割合で表記されることも多く、今後消費税率が更に改定される可能性もあります。そう考えると、法律事務所で総額表示とするのは少々面倒ではありますが、クライアントの分かりやすさの観点からは当然のことかもしれません。


いずれにせよ、法律事務所に限らず料金表を掲げているような業種の方は総額表示にする必要があるようなので、お心当たりのある皆様は、くれぐれもお気をつけくださいませ。

便りここまで

第四十九回 スエズ運河

2021.03.30

中学校以来久しく聞かなかった名前を久々に耳にしました。

「海上輸送の大動脈」などと学んだような気もしますが、海上貨物の1割がこの運河を通過するとか、エジプト政府が通行料として年間60億ドルの外貨を稼ぐなどと聞くと文字通りの大動脈ですね。このような交通の要衝が完全に封鎖されてしまったのですから、世界的なニュースです。

報道によれば、1日当たり500億円以上の損害が発生するとも言われています。
気になるのは、損害がどこまで膨らむのか、一体だれが損害を払うのかの2点です。
常識的に考えれば、船舶の所有者である正栄汽船か台湾の運航会社のいずれか、若しくはその双方となるように思います。

これも新聞報道ですが、正栄汽船は、船舶と運送貨物に関しては約100億円程度の保険契約を締結しているようですが、その他の損害に保険が適用されるかは不透明なようです。
自動車保険に例えるなら、車両保険にはきちんと入っていたが、対人対物無制限の任意保険に入っていたかは分からないといったところでしょうか。やや不正確な例えかもしれませんが。

いずれにせよ、今後、エジプト政府も巻き込んで相当数の関係者が折衝することになるのでしょう。その帰趨が注目されるところです。

便りここまで

第四十八回 無罪判決

2021.03.23

3月20日の新聞報道によると、名古屋地方裁判所で目を疑うような無罪判決が出ました。

報道によると、事件は、被疑者の尿検査前に捜査官が20から30杯のお茶を飲ませ、その後に尿から覚せい剤が検出されたという事案のようですが、名古屋地方裁判所の板津正道裁判長は、「警察官が被告に提供した飲料に覚せい剤が混入されていた可能性は相当な確からしさを持っている。」と、警察官が覚せい剤を混入させた点につきかなり踏み込んだ認定を行い無罪判決を言い渡したとのことです。

警察署の内部規程では、お茶を飲ませる際には、ペットボトルのお茶を被疑者自身に封を切らせて飲ませることになっていたところ、本件では当該捜査官が容器に注いでいたとのこと。その他にも、当該捜査官が、被疑者の実兄になりすまして被疑者に送金したり、取調べ中に携帯電話の使用を認めるなど、俄かには信じ難い便宜供与も図っていたようです。

裁判所は、これらについても、捜査の適正に疑念を抱かせると厳しく指摘しているようです。


ところで、警察は薬物犯罪の捜査に際して「捜査協力者」の協力を得ています。

その操作手法は、ときにおとり捜査と紙一重であり、実際、当地の警察においても警察官が不正な捜査で覚せい剤取締法違反に問われたことがありました。

ここからは推測になりますが、この被告人も、一種の「捜査協力者」だった可能性があるように思われます。


判決はまだ確定していませんが、この判決が確定した場合、警察としては、当該捜査官を覚せい剤取締法違反で捜査することは不可避でしょう。否、検察が取り調べるべきでしょうか。

いずれにせよ、なぜ当該捜査官がこのような怪しい挙動や便宜供与を行ったのか、背景事情が気になります。警察は決して公表しないでしょうが・・・。 

便りここまで

第四十七回 同性婚

2021.03.19

果たして、結婚とは何を意味しているのでしょう。

そんな根源的な問いを我々に投げかける判決が、令和3年3月17日札幌地方裁判所で下されました。

同性婚を認めない戸籍法や民法は、憲法14条が保障する法の下の平等に違反し無効であるとの初の司法判断が下されたのです。

あまりにも当然のことのような気もします。

けれども、その当然のことを裁判所に認めてもらうことが如何に困難であるか、ということを我々弁護士や困難な事件を闘い抜いた原告たちは身をもって知っています。

原告団や弁護団に心より敬意を表します。

この判決が、必ずや国を動かす原動力になることでしょう。


野党は既に2年前に民法等の改正案を国会に提出していますが、与党はこれを棚ざらしにしています。官房長官も早速に判決の趣旨を否定する記者会見を開いています。

しかし、この判決が下された以上、国会で議論すらしないという現状は許されないでしょう。


原告団及び弁護団は控訴するとのことです。

まだまだ先は長そうですが、ご武運を祈っております。

便りここまで

第四十六回 女性理事

2021.03.08

昨今、巷を騒がせたのは、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長であった森喜朗会長の発言でした。

発言内容をここで記すことはしませんが、後任として橋本聖子前五輪相が会長に選出されました。

橋本会長は、組織改革の一環として女性理事を大幅増員する方針を打ち出し、新たにQちゃんこと高橋尚子さんなど12名が選任されましたが、その中に学生時代の同級生の名前がありました。

彼女は幼少時に交通事故に遭ったそうで、受けた手術回数は10回以上と話していました。

足が不自由でしたが、趣味がスキーであると聞いたときには仰天しました。

ちょうどその頃、リレハンメル冬季パラリンピックにも参加していました。スキーが趣味どころの話ではありません。

その後、長野パラリンピックにも出場し、確か日本人初の冬季パラリンピック金メダルを獲得したのではなかったかと思います。

東京オリンピック・パラリンピックの開催はいまだ不透明ではありますが、彼女であればきっと立派に役目を果たしてくれるものと思っています。

便りここまで

第四十五回 本年もよろしくお願いいたします

2021.02.04
本年もよろしくお願いいたします

はや立春を過ぎてしまいましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
ご挨拶が遅くなり誠に恐縮ではございますが、みなさま本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、ホームページをご覧いただいた方もおられるかもしれませんが、新たに弁護士が入所したことに伴い内容をリニューアルいたしました。

今後は、弁護士2名の体制で、これまで以上に良質な法的サービスの提供が出来ればと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
まだご覧になっておられない方は、是非ともご覧くださいませ。

それから、当せいうんだよりも細々とではありますが更新してゆこうと思いますので、こちらもお付き合いの程よろしくお願いいたします。

それでは、みなさま、御風邪などお召しにならぬようご自愛下さいませ。

便りここまで

第四十四回 赤神諒さん

2020.11.13

先のせいうんだよりで触れた「太陽の門」。
作者は赤神諒さんという方ですが、私は恥ずかしながら小説を読むまでお名前を存じませんでした。
そこで調べてみると、1972年生まれの弁護士とのこと。1つ年長の弁護士だったのですね。勝手に親近感を覚えてしまいました。
個人的には、弁護士が書く文章と作家の書く文章は対局にあると思っているので、一体頭の中がどうなっているのか、羨望の眼差しで見つめる外ありません。

けれども、驚くのはまだ早かった。赤神さんは大学時代英文学を専攻し、3年生で司法試験に合格。
しかも、その後アメリカの著名な大学へ留学し、帰国後は、弁護士業と行政法、環境法の学者という二刀流。いや、三刀流?
現在は、上智大学法科大学院で教鞭をとりつつ、小説を執筆しているとのこと。
最早、同業者などとは、おこがましくてとても言えません。

世の中には、多才な方がいるものだと改めて感心しました。
そして、私は、愚直に一つの事をやり続けてゆくしかないと改めて考えさせられました(笑)。

便りここまで

第四十三回 太陽の門

2020.11.11

日本経済新聞に連載されている「太陽の門」が終焉を迎える。
それまで連載されていた「道草先生」が作家伊集院静氏の発病により突如休載となったために急遽連載が始まった。
「道草先生」を読むのを毎朝楽しみにしていたので、休載は残念だった。こちらはまもなく連載再開とのことで、楽しみだ。

ところで、この「太陽の門」。
マドリードの中心にある広場、プエルタ・デル・ソルのことで、作者の赤神諒さんによれば、主人公が守るべきものを象徴しているとのこと。
そして、この「太陽」にはさまざまな意味を持たせたのだそう。故郷、祖国、仲間、そして・・・。
作者がどのような思いを込めたものか。一読者である私にも届いたように思う。

ところで、この小説の主人公はリチャード・ブレイン。名作、「カサブランカ」でボギーが演じた、あのリック。
「太陽の門」は、そのリックがカサブランカで酒場を営む前に義勇兵としてスペイン戦争を戦っていたころの話、つまり「カサブランカ」の前日譚が描かれている。
小説中には、イングリッド・バーグマンが演じたイルザやピアノ弾きのサムも登場する。ピカピカの気障な男、リックの哀愁が全編に立ち込めた小説だった。

突如として始まった小説も、読み続けて早9か月。これを書いている時点では、残すところは最終話のみ。作者は私たち読者にどのような読後感を残してくれるのだろう。
どんな新聞小説でも読み終わってしまうと喪失感に包まれることになるが、今回はきっとより大きな喪失感を味わう気がする。

映画好きの方も、そうでない方も、単行本化されたあかつきには宜しければご一読を。

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第四十二回 弁護人解任③

2020.11.09

前回触れた河合克之衆議院議員の裁判は、結局、従前の弁護人が再度選任されるのに加え、新たな弁護人が選任されるという形で落ち着いたようです。

タイトなスケジュールを課されたことが契機となって、依頼者と従前の弁護団の信頼関係が崩れかけてしまったのかもしれません。

ところで、この問題の背景には、保釈の運用実態という問題があるように思います。

刑事訴訟法では、一定の場合を除き保釈を権利として認めることが規定されていますが、否認事件の場合、重要な商人の尋問が終了するまで保釈が認められないことは珍しくありません。
特に、世間を震撼させたカルロス・ゴーン事件以降、徐々に上がっていた保釈の任用率が低下しているという話もあるようです。

確かに、保釈中の被告人が逃亡するというのは刑事裁判に対する信頼を失墜させる大きな問題です。
他方で、保釈は法で定められた被告人の権利でもあります。

実際、河合議員についても、保釈が許可されていれば弁護団との打ち合わせもよりスムーズにできたでしょう。タイトなスケジュールでもより対応し易かったであろうことはおそらく間違いありません。

ちなみに、東京拘置所は、荒川を越えた小菅という、法律事務所が多く居を構える地からやや離れた場所にあります。
しかも、午後4時までに接見の申込みをしないと接見は出来ません。
以前、静岡から東京拘置所へ出向いた際、到着が4時01分であったために接見出来なかったということもありました。

インターネット等も高度に発達した今日、被告人の防御権の保障と罪証隠滅や逃亡の防止等を如何に調整するのかは、相当な難問と言えそうです。

便りここまで

第四十一回 弁護人解任②

2020.09.24

前回は、国選弁護人と私選弁護人の違いや、国選弁護人の解任について触れました。
それでは、今回の河井克行元法相の私選弁護人が全て解任された事件の背景には、どんな問題点があるのでしょうか。

本件は、河井被告人が現金を配って票の取りまとめを依頼したという公職選挙法違反(買収)です。配布先が相当多数に上るとされ、被告人も事実を全面否認しているため、採用された証人数が55名とのことです。
これだけの証人を尋問するのは、弁護人にとって大変な作業です。尋問の準備や被告人との事実関係確認に多大な労力と時間を要します。

他方、ここで問題となるのが百日裁判の規定です。
一定の公職選挙法違反事件では、起訴後100日以内に判決を出すようにとの努力規定が法律で定められています。判決後、国が当選無効を確認する訴訟を提起する必要があるところ、次の選挙までにこの裁判を起こさなければ法的意味が乏しいからであると言われています。

裁判所は、この百日裁判の規定を意識して相当タイトなスケジュールを設定したようです。

弁護団は、連日の証人尋問は避け、間に1日空けてほしい、1日の証人尋問を2人までにしてほしいと裁判所に申し入れていたようですが、受け入れられなかったと聞きます。被告人も自らの防御権が十分に行使出来ないおそれがあることに懸念を表明していたとも報道されています。

このような問題は、刑事事件の様々な場面で起こります。
迅速な裁判の要請と被告人が適正な裁判を受ける権利、これらは双方とも大切な事柄ですが、この2つはしばしば対立します。このように、ときに矛盾を孕む2つの理念をどこで調整するのか、我々弁護人は難しい判断を迫られます。

日頃刑事事件に馴染みのない方も、この事件の報道から、刑事裁判の在り方について、少しだけでも考えてみていただけると、この件の背後にある問題を実感していただけると思います。
そして、被告人が防御権を十分に尽くせないと懸念していた背景には、4回の保釈請求が却下されていたという事情もあるようです。

次回は、保釈の問題点に触れたいと思います。

便りここまで

第四十回 弁護人解任①

2020.09.17

今年はなるべく更新を行おうと誓ったのですが、約4か月ぶりとなってしまいました。

さて、「弁護人」とは刑事事件で被告人の弁護をする人間のことで、通常弁護士がその任に当たります(ちなみに、民事事件では「弁護人」ではなく、「代理人」と呼びます。)。

この「弁護人」には2種類あり、被告人自身が弁護人報酬を負担する私選弁護人と、国がそれを負担する国選弁護人があります。どちらであっても、弁護人の職務には変わりはありません。

ところで、この弁護人の職を解任される場合が稀にあります。
国選弁護人の場合、被告人が「この弁護人を辞めさせたい」と思っても、簡単に解任は認められません。国選弁護人の場合、弁護人を選任するのはあくまで裁判所であり、被告人の一存では決められない仕組みになっています。したがって、国選弁護人側からの辞任も容易には認められません。

かつて私も被告人との信頼関係が築けず国選弁護人の辞任を裁判所に申し出たことがありました。

けれども裁判所は、他の弁護士が就いても同じ結果になる可能性が高いからとの理由で辞任は認めず、その代わり先輩弁護士をもう一人選任するという態勢をとることで対応してくれたということがありました。

しかし、私選弁護人であれば話は別です。
弁護人を雇っているのは被告人自身ですから、被告人はいつでも弁護人を解任することが出来ます。

去る9月15日、河井克行元法相が弁護人6名全員を解任したとの報道がなされました。これにより公判の進行が止まる可能性があると言われています(余談ですが、「公判」とは刑事事件の期日のみに使用する言葉で、民事事件では「口頭弁論」等と言います。)。

次回のコラムでは、この弁護人解任の背後にある問題点について少々触れていきたいと思います。

便りここまで

第三十九回 SNSでの誹謗中傷

2020.05.29

表現の自由は私たちが享有する人権の中でもひと際重要な人権であると認識されている。自らの意見を自由に表現出来ることは、代議制民主主義の基盤を成すからであるなどとも説明される。
そして、この表現の自由を保障する制度的担保として通信の秘密を保障することも憲法で定められている。国家権力が通信の秘密を恣意的に侵害すれば、我々は自由に意見を表明することに委縮するからである。

先日、インターネットで配信されていたバラエティ番組「テラスハウス」の出演者がSNS上の誹謗中傷を苦にして自ら命を絶ったと報道された。真偽のほどは知る由もないが、誠に痛ましい事件であり、故人の御冥福を心よりお祈り申し上げる。
この事件を受け、インターネット上の匿名掲示板への投稿に関する発信者情報を取得し易くする法改正が議論されているようである。議論の行方を注視していきたいと思う。

この種の事件が起きる毎に考えさせられるのは、表現の自由によって保護されるべき表現の対象如何である。他人を誹謗中傷するような書き込みは保護に値しないのではないか、という意見も一方にはある。
他方で、誹謗中傷に当たるか否かは誰が判断するのか、そもそもそのような判断は可能なのか、当局がそのような判断をすること自体表現の自由への介入ではないのか。これは、やはり古くて新しい問題であり、難問である。

回答が容易に出せるような問ではない。けれども、私たちが表現の自由の意味を、もう一度立ち止まって考えてみることは有意義である。
私たちが他人に悪感情を抱きその人間を傷つけるような言葉を浴びせたくなるとき、その心は様々な思いに囚われているように思う。そんな思いに囚われて発せられた表現は、真の自由の下に発せられた言葉だろうか。そして、真の自由とは一体何であろうか。

私自身、言葉を発する前に一瞬でも立ち止まるよう心掛けたいとと強く感じた出来事だった。

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第三十八回 新型コロナ対策

2020.04.24

現在、世界中で新型コロナウイルスが猛威を奮っています。

我が国も、当初は、比較的感染拡大を防止できていたように思いますが、今は「感染爆発・重大局面」が続いている状況です。

ところで、政府は、二転三転した結果、全国民へ一律10万円を支給することを閣議決定しました。準備が整った自治体から、早ければ5月中より支給が開始されるようです。

弁護士らは、押収拒絶権を行使する一方で東京地検の捜査に一定程度協力すべく、秘密性がない資料を任意に証拠提出しようとしました。

ここで気をつけなければならないのは、人の弱みにつけこむ不逞(ふてい)の輩です。今回の給付金を当て込んだ特殊詐欺が頻発するのではないか、と懸念しています。

国は、オンライン又は用紙による申請を受け付けるようですので、関係機関からメールや電話がくることはありません。このせいうん便りをご覧いただいている方は大丈夫だと思いますが、是非とも、周囲の方にも注意喚起していただければと思います。

それでは皆様、外出は極力控えて、くれぐれもご自愛下さいませ。

便りここまで

第三十七回 法律事務所の捜索

2020.04.06

世間の話題は、ほぼ新型ウイルス関連が独占しています。世界中の人々が無関係ではいられませんから無理からぬことです。私たちも、社会の一員であることを自覚して行動する責任があります。

ただ、世間が新型コロナウイルスの話題一色となってしまうと、それ以外の大切な事柄がつい見落とされがちになるように思われます。

昨年末にカルロス・ゴーン氏がレバノンへと国外逃亡しました。遥か昔のことのように感じられます。

しかし、その余波が我々弁護士業界に及んでおります。

本年1月29日、東京地検は、カルロス・ゴーンの主任弁護人であった弁護士らの法律事務所を強制捜査(捜索)しました。弁護士らは、刑事訴訟法105条に基づき押収拒絶権を行使しました。この押収拒絶権は、弁護人らの守秘義務を貫徹するために法が認めた権利であり、依頼人が安心して弁護人に弁護を依頼する上で極めて重要な権利です。

弁護士らは、押収拒絶権を行使する一方で東京地検の捜査に一定程度協力すべく、秘密性がない資料を任意に証拠提出しようとしました。

ところが、東京地検は、あえて同資料の受け取りを拒否し、無断で裏口から同法律事務所に立ち入りました。検察官らは、再三の退去要請を無視し、長時間法律事務所に滞留し、事件記録等が置かれている弁護士らの執務室内をビデオ撮影したほか、施錠してあった法律事務所内のドアの鍵を損壊する等の実力行使をしました。

結局、東京地検が押収した物は、弁護士らが捜索が始まる前に任意に呈示していた書面等1袋のみでした。

日弁連は、この東京地検の捜索が違法であるとして会長談話を発出しました。
>> 日本弁護士連合会:法律事務所への捜索に抗議する会長談話

静岡県弁護士会でも、本年3月25日、東京地検の捜索は違法であるとして会長声明を発出しました。興味のある方は、ご一読下さい。
>> 法律事務所への捜索に抗議する会長声明 | 静岡県弁護士会

弁護士業務において依頼者の秘密を守ることは絶対的に重要です。依頼者の秘密を漏洩する弁護士が、依頼者から信頼されることはあり得ません。その意味においても、刑事訴訟法が認めた押収拒絶件は極めて重要な意義を有しています。これを軽んじた東京地検の捜索行為は、一弁護士として容認することは出来ません。

世間では、カルロス・ゴーン氏の弁護団に対して様々な評価があるようです。
けれども、この弁護士事務所への捜索は、我々弁護士にとって、そして、弁護士に事件を依頼しようとする一般市民にとって、大変憂慮すべき出来事であると私は感じています。

新型コロナウイルスが人類にとって大きな脅威であることは間違いありません。けれども、その背後で日々生起している様々な事象にも目を配ってゆきたいと考えています。

便りここまで

第三十六回 検事総長

2020.02.05

検事総長は言わずと知れた検察庁の最高ポスト。
2月4日の新聞報道をご覧になった方もおられるでしょうか。
2月7日に定年退官予定であった東京高等検察庁の検事長を、本年8月まで定年延長することを内閣が閣議決定したそうです。

しかも、閣議決定は、定年退職予定日である2月7日の1週間前。
検察官の定年を閣議で延長したのは過去に例がなく、この異例の定年延長に様々な憶測が飛んでいるようです。
検察庁法上、検事総長の定年は65歳、それ以外の検察官の定年は63歳と定められています。

東京高検検事長は検察庁癸欧離櫂献轡腑鵑世修Δ任垢里把蠻延長の目的は自ずから明らかと言えるでしょう。
勿論、慣例が全て正しいとは限らず、改めるべき因習もあるとは思います。

けれども、現憲法が施行されて70余年、歴代の政権が一度もこれを行ってこなかったという事実の重みは尊重されるべきものです。
ましてや、その延長目的が、自民党政権長年の懸案であった共謀罪等を成立させた論功行賞であるとしたら、ましてやそれ以外の目的があるとすれば・・・。

果たして、国民の検察庁に対する信頼はどうなるのでしょうか。
検察は「巨悪は眠らせない」と胸を張れるのでしょうか。

少なくとも、内閣にはこの点十分な説明を果たす責任があると思われます。

天下人の威光

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第三十五回 高校サッカー

2020.01.14
高校サッカー

24年ぶりに静岡学園が選手権に優勝しましたね。関係者並びにファンの皆様、おめでとうございます。
決勝の相手であった青森山田は、昨年プレミアリーグイーストを高体連所属ながらに制し、年末のJユースカップでも名古屋ユースを下していました。紛れもなく世代最強チーム。2点先行された時点で相当厳しいと思いましたが、前半アディショナルタイムの1点が効きましたね。

ところで静学は、24年ぶり2度目の優勝とのことですが、そのときは両校同時優勝。相手は鹿実だったような?遠藤三兄弟の誰かがいたような気もします。
その試合は、確か静学が2点先行しながら追いつかれたという本年とは真逆の展開だったことははっきりと覚えています。井田前監督も今回の単独優勝はさぞ嬉しいことでしょうね。

今年は、藤枝順心も女子サッカー選手権大会を制し、王国復活の兆しも朧気に見えて来ました。これに続いて、Jリーグに所属する各カテゴリーのチームにも奮起を期待したいです。

便りここまで

第三十四回 新年のご挨拶

2020.01.10
新年のご挨拶

皆様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
昨年は、更新があまり出来ませんでしたが、本年は、昨年よりも投稿数を倍増させるのが当面の目標です。

さて、少々ニュースバリューが下がった感は否めませんが、昨年12月30日に報じられたカルロス・ゴーン氏の国外逃亡には驚かされました。最早日本に戻る気のない者にとっては、15億円であろうが、150億円であろうが歯止めにはならないのでしょうね。

ところで、このゴーン逃亡劇には様々な論評、批判そして問題提起がなされています。
発覚当初は、弁護人が批判の矢面に立たされました。今後、保釈条件がどの程度履行されていたのかは検証されるべきでしょうが、この件が、保釈の運用の難しさを浮き彫りにしたことは間違いなさそうです。
近時、保釈が認められやすくなったことは間違いありません。保釈率が上がっていることは統計上も明らかです。
とはいえ、本件が、ようやく上昇しつつある保釈率に水を差さなければよいが、と懸念しているところです。

そして、本年1月8日にはゴーン氏がレバノンで記者会見を開きました。そこで自論を約2時間にわたり展開したそうです。
次回、ゴーン氏が指摘した日本の刑事司法の問題点について、少し触れてみたいと思います。あまり期待せずにお待ちください。

便りここまで

第三十三回 辰兄

2019.12.18

この「せいうんだより」も随分きままなペースで更新してきましたが、前回の更新は8か月前。ご覧になっている方がさほど多いとも思いませんが、一応生存情報を発しておきます。

さて、本年も様々な訃報がありました。新聞やテレビでも追悼や墓碑銘が報道されていますね。

そして、年末辰兄こと梅宮アンナさんの御尊父が逝去なさいました。報道で知りましたが、かなりお若いころから大病を患っておられたとのこと。そのような姿は微塵も見せなかったように思われます。

ところで、みなさんにとっての辰兄の代表作は何でしょうか。「不良番長」は見たことがありません。「前略おふくろ様」で、ショーケン(そういえば、この方も今年お亡くなりになりました。合唱)の先輩板前役でしょうか(これも直接見たことはありません。)。

こうしてみると、何が代表作なのか私にはよく分かりませんが、私たちの世代だと「スクール★ウォーズ」の中華料理店主役が記憶に残ります。

当時の大映テレビ制作のドラマは面白かったです。辰兄はラグビー部員の義兄役で、ヤクザに脅されていたラグビー部員の生徒を庇い、ヤクザと乱闘になって刺殺されるという役でした。しかも死ぬ間際に刺したヤクザを許してやってくれと気遣いながら死んでゆくというカッコよさ。辰兄にピッタリの役でしたね。

いずれにせよ、昭和がまた一つ遠のいた気持ちです。謹んでご冥福をお祈りいたします。

便りここまで

第三十二回 3番ピッチャー

2019.04.08
3番ピッチャー

いよいよ元号も令和に改まろうかという昨今、少々古い話で恐縮です。

約29年前の平成2年高校野球秋季東海大会準決勝。
当時、東海地区からの選抜出場枠は3校でした。つまり、準決勝に勝利すれば選抜出場は事実上確定。決勝より重要な一戦と言っても過言ではありません。

当時高校2年生だった無類の野球好きの私は、ラジオにかじりつき、母校を応援していました。

試合は息詰まる両軍エースの投げ合いで、9回終了時1−1。そのまま延長戦に突入しました。

10回表、先攻の母校は無得点。
続く10回裏。アウトカウントは覚えていません。1死だったか2死だったか。ランナーも2塁にいたことは記憶にありますが、1塁にもいたのかは記憶が曖昧。

迎えるバッターは、相手チームのエースで3番打者。

カウントも覚えていませんが、ややイレギュラーしたゴロが二塁手の横をすり抜け、2塁ランナーが生還。 母校は無情にもサヨナラ負け。

それでも、母校に勝利したそのチームが決勝戦で勝利すれば選抜出場が有力でした。
しかし、決勝は稀にみるシーソーゲームとなり、10−9で敗戦。準決勝で完投したエースも登板しなかった記憶です。
結局、母校の選抜出場は果たせませんでした。

ところで、準決勝で母校に勝利したこのチームが、愛知県1位代表だった愛工大名電。
サヨナラ打を放った3番のエースピッチャーが、鈴木一朗選手。

そうです、言わずと知れた世界の「イチロー」でした。

私にとって、鈴木一朗選手は、高校2年次から忘れられない名前となりました。高校3年の選抜出場時も観戦しています。オリックスに入団して以降も密かに注目していました。

まさか、あの時の鈴木一朗選手が、かくも偉大な選手になろうとは夢にも思いませんでしたが、今でも時折思い出されるのは、あの秋季東海大会準決勝、静高対愛工大名電戦です。

イチロー選手、27年間の選手生活お疲れ様でした。

便りここまで

第三十一回 ノースライト

2019.03.18
ノースライト

警察小説の金字塔「64」から6年。
横山秀夫ファン待望の最新作「ノースライト」。

新聞などでも大々的に宣伝されているので、読了された方も少なからずいることでしょう。

帯にもありましたが、善人のみが織りなす、ひたすらに美しい物語。
ラストは秀逸です。

「ノースライト」とは、北川から射し込む光のこと。

強くはないが柔らかく部屋全体を照らす光。

読後感はタイトルそのものと言っても過言ではありません。

ぜひご一読あれ。

便りここまで

第三十回 「連帯」責任

2018.11.08

世間では、連帯責任としばしばいわれます。本人が行った事柄でなくとも、行為者と共に責任を問われるといった意味でしょうか。
この連帯責任という語が、保証人に関して用いられるとき、その責任は相当重いものとなります。

11月1日の朝日新聞朝刊1面を御覧になった方もおられると思います。
日本学生支援機構が、借主の親など連帯保証人以外の保証人に債務全額を請求し、少なくとも過去8年間で825件、総額13億円を回収していたという記事です。
一体どこに問題があったのでしょう。

私たちが日常よく目にするのは、その殆どが「連帯保証人」です。
ところが、希にこの「連帯」が付かないただの「保証人」が用いられる場合があります。
今回の件がまさにそれに該当します。

基本的に連帯保証人が負う債務は、ほぼ主債務者のそれと同様です。
主債務者が金1000万円の債務を負っていれば、連帯保証人も主債務者に資力があろうがなかろうが1000万円を支払わなければなりません。
連帯保証人が何人いても、債権者は連帯保証人全員に対し、同時に1000万円の支払を請求できます(もちろん、債権者は1000万円以上を回収できる訳ではありません。)。

ところが、これが「連帯」保証人ではなく、ただの「保証人」であれば事情が異なってきます。

たとえば、主債務者が1000万円の主債務を負っており、連帯保証人1人、ただの保証人が1人いるというケースを考えます。
この場合、連帯保証人は、1000万円を債権者に支払う債務を負っています。
ところが、ただの保証人は、仮に債権者が1000万円の支払いを請求してきた場合、(連帯)保証人がもう一人いるので、保証人の頭数である2で主債務を割った500万円だけを支払えばよい筈だ、と反論することが出来ます。

これを法律上「分別の利益」と言います。
借金を保証人の頭数で「分」けて、主債務者とお「別」れする利益といったところでしょう。
連帯保証人には、この分別の利益がありませんが、保証人にはこれがあります。

ややこしいのは、債権者がただの保証人に対し、上述の例で1000万円の支払いを請求すること自体は直ちに違法とは言い切れないことです。
機構側は、保証人から分別の利益を主張されれば適法に対応してきたので法的には問題がないとの見解のようです。
しかし、法的知識の乏しい保証人が機構に対してそのような反論を行うべきであるという前提には無理があるように思われます。

いずれにせよ、このような専門知識を一般消費者に求めるのは困難です。
新聞記事によれば、破産を余儀なくされた保証人もいるようです。
このような案件に限らず、法的紛争が起きたときには、専門家へご相談することをお勧めいたします。

>> 朝日新聞デジタルの記事はこちら

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第二十九回 SUITS

2018.10.24
SUITS

10月はテレビの番組改編期。今期は、弁護士が主人公の話題作が目につきます。

昨日、周囲の勧めもあり、織田裕二と鈴木保奈美が「東京ラブストーリー」以来27年ぶりに共演すると話題のドラマ「SUITS/スーツ」を初めて見ました。
なかなか面白い内容でした。

あの臨時取締役会は招集手続に瑕疵があり無効になるのでは?とか、なぜ解雇予告手当を支払って解雇通知をしておかなかったのか?などと思いながら見ていました。

ところで、第3回の内容。これが現実に行われたとすれば、弁護士倫理として大きな問題を孕んでいると感じたのは私だけではないように思います。果たしてどの場面でしょう?ドラマの演出上仕方がないものとは思いますが、実社会をドラマ化するのはなかなか難しいものですね。

どの場面が弁護士倫理に違反する可能性があるのか。気になる方は、弁護士職務基本規程第7章第57条などをご一読下さい。

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第二十八回 天下人の威光

2018.10.17

10月13日の全国紙の朝刊をご覧になった方も多いことでしょう。
駿府城の発掘現場から、1590年ころ豊臣方により築城されたと思われる天守閣の石垣や金箔の屋根瓦330点余が出土したそうです。

羽柴秀吉が1590年に小田原を平定するまで、家康は駿遠三甲信5か国を納める大名で、駿府城を居城としていました。

北條氏滅亡によりほぼ天下平定と成った秀吉は、論功行賞とはなばかりの左遷ならぬ右遷で、家康を関八州250万石の大名へと移封しました。

今回出土した石垣などは、家康移封後に入城した中村一氏が城主のころに築城されたもののようです。

家康の関東入城後、新たな城主に屋根瓦に金箔が施された天守閣を築城した秀吉にも驚かされますが、将軍職を秀忠に譲った家康がその天守閣を取り壊し、屋根瓦を堀へ埋め、従前の石垣を封印するかの如く新たに巨大な石垣を持つ天守閣を築いた事実にはさらに驚かされます。

中世の城廓は権威の象徴でもあったことの何よりの証左でしょう。

秀吉や家康の天下人としての誇りを垣間見ることが出来、大変興味深いです。

全国紙の1面となったことからも分かるように、この発見は中世史の上でも画期的だそうです。
発掘調査も引き続き進行しているようですし、歴史へのロマンを駆り立てられるニュースでした。続報が楽しみです。

天下人の威光

天下人の威光

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第二十七回 ちびまる子ちゃんのマンホール

2018.09.12
ちびまる子ちゃんのマンホール

とても素敵なマンホールがセノバのけやき通り口に設置されました。
意外と素通りする人が多くてびっくり。
お近くを通る方は、少し気にかけてみて下さい。
さくらももこ先生、安らかに。

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第二十六回 Mr. サマータイム

2018.09.04
Mr. サマータイム

近時、政府がサマータイム導入を検討しているとの報道がなされています。
2020年東京オリンピック開催時における暑さ対策の一環であるとも言われています。

このように、我が国で導入が検討されている一方、EUではサマータイムの廃止が現実味を帯びているようです。
域内460万人からパブリックコメントが寄せられ、約84パーセントが廃止に賛成したとのことです。
理由は、体内時計の不具合による睡眠障害の発症や省エネ効果に乏しいといった点のようです。

様々な議論があるところでしょうが、EUにおける動向と結果に至った原因分析は、わが国においても重要であることは間違いなさそうです。

サーカスの名曲、「Mr. サマータイム」のように、サマータイム導入は、夏の日の幻となってしまうのでしょうか・・・。

私たちの日常生活にも大きな影響があることですので、政府の動向からは目が離せません。

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第二十五回 1億円?!

2018.08.23

8月16日の朝日新聞朝刊に、こんな記事が掲載されていました。

寺社仏閣から文化財が盗まれるといったニュースはしばしば見かけます。

このような事件の背後には記事中にもあるように闇マーケットの存在があるようです。

民法193条は、「・・・占有物が盗品又は遺失物であるときは、被害者又は遺失者は、盗難又は遺失の時から二年間、占有者に対してその物の回復を請求することができる。」と定めています。

また、民法194条では、「占有者が、盗品又は遺失物を、競売若しくは公の市場において、又はその物と同種の物を販売する商人から、善意で買い受けたときは、被害者又は遺失者は、占有者が支払った代価を弁償しなければ、その物を回復することができない。」とされています。

本来の所有者を保護すると同時に、盗品であることを知らずに取引した者を保護するために設けられた規定です。

ですから旧庄内藩主の子孫である酒井忠久さんも、正に先祖伝来の刀剣を2000万円(当時)で買い戻さねばならなかったのです。

もう一振りは愛好家の間で1億円で取引されているとのこと。

これでは、検挙されることを少々の危険と考える輩の発生を防ぐことは難しいですし、盗品を取り戻すことも事実上不可能です。

今回の民法改正でも、上述の条文は改正されなかったようです。
文化財保護の観点からも、新たに法改正が必要かもしれません。

旧庄内藩と言えば藤沢周平の出身地。
庄内藩は一連の藤沢作品に登場する海坂藩のモデルとも言われます。
泉下の藤沢周平も法改正を望んでおられるでしょうか。

1億円?!

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第二十四回 久しぶりの更新

2018.08.17

先日、高校時代の友人と再会した折、せいうんだよりは更新しないのか、と言われました。

意表を衝かれ戸惑いましたが、意外といろいろな人が見てくれているものですね。
ご覧いただいている方、誠にありがとうございます。

さて、その友人らと訪れたとある飲食店。

着席するや否や隣席にいた妙齢の女性が、「あれ、○○君だよね。」と友人の一人に声を掛けてきました。
聞けば二人は小学校の同級生であったとのこと。
やはり静岡は狭いですね。
悪いことは出来ません。

それから私たちは、「スポーツマンシップに乾杯!!」とグラスを合わせ談笑。
店も大盛況で、最初に注文したサラダは結局最後まで出て来ませんでした。

その後、友人は、その女性と共通の知人のことなどで盛り上がり、名刺なども渡して、旧交を温めていた様子でした。

帰り際、友人に尋ねてみると、女性のことは全く記憶にないとのこと。
そんな様子を微塵も感じさせないところに「大人」を感じさせられました。
私も大いに見習わなければと思いました。

ともあれ、旧友との再会は楽しいものです。
お互い元気でまた会いましょう。

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第二十三回 薬害教育③

2017.11.15

去る11月10日、静岡サレジオ中学校マリアンホールにおいて、第3回目の薬害教育が開催されました。 これは、過去2回行われた薬害教育に引き続き行われたもので、全3回開催の締めくくりとなるものです。

第1回目は、現在13歳前後である生徒さんが26歳になる2030年、成長した彼らの元に、中学・高校時代のクラスメイトからの手紙がある日突然届き、これに生徒さん達が返信を書くという設定で授業が行われました。ある日届く手紙は、薬害被害者のご遺族の手記をモチーフにしています。すると、元クラスメイトから再度手紙が届き、生徒さん達が実情を知ります。実情を知らせる重い手紙に再度返信するという大変手の込んだ内容となっていました。

2回目の授業では、東京原告団代表の浅倉美津子さんにご講演いただきました。このご講演は、声涙と共に下る聴衆の心を打つものでした。

今回の薬害授業、個人的には大変意義深いものであったと思います。真剣に向き合ってくれた生徒さん達や準備に多大なるご尽力をいただいた先生方、そして講演していただいた浅倉さん。この企画に関わっていただいた全ての方に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

この企画は今後も継続してゆきたいと思いますし、他校でもこのような試みが広がって行けばと切に願います。

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第二十二回 薬害教育② 〜浅倉美津子さんの講演会〜

2017.10.31

去る10月27日、サレジオ中学校のマリアンホールにて、薬害肝炎東京原告団代表浅倉美津子さんの講演が開催されました。

浅倉さんのお話は本当に胸に迫るものがありました。
本来病気を治療するための薬によって病気になってしまったという直接的な被害にとどまらず、病気がご本人や周りの人々に及ぼした影響につき、包み隠さずお話くださいました。
そして、自らの体験のみに留まらず、闘いの中で志半ばにしてたおれた同志のお話にも触れていただきました。

きっと、私などより余程しなやかな感性の持ち主である生徒さん達の心にも響いたことと思われます。

この場をお借りして、浅倉さんと貴重な機会をいただいた静岡サレジオ中学校様に謹んで御礼申し上げます。

そして、このような試みが、他の中学校にも広まって行くことを心より願っています。

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第二十一回 薬害教育①

2017.10.24
薬害教育 1

去る平成29年10月20日、静岡サレジオ中学校で薬害教育の授業が開催されました。 私は、薬害肝炎弁護団の一員として少しだけ薬害教育に関わっているのですが、サレジオ中学校の薬害教育に対する取組みの真摯さには、本当に頭が下がりました。

来る27日には、東京原告団代表の講演会があります。
きっと、生徒さん達も聴き入ってくれるものと確信しています。

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第二十回 ホストは労働者?

2017.04.20
ホストは労働者?

ホストクラブと聞いてみなさんは何をイメージしますか?
行ったことはありませんが、シャンパンタワーや派手な掛け声による一気飲みなどはテレビで見たことがある気がします。

このホスト。昇りつめると収入額はすさまじいらしい。高級車やマンションをお客さんからプレゼントされる例もあるとか。
他方で、さまざまなノルマや上からの厳しい管理などで過酷な生活状況のホストもいるようです。昔、そんな相談を受けた気もします。

ところで、ホストは「労働者」でしょうか。

昨年、東京地裁で判決が出されたようです。
ホストは、労働者ではなく自営業者であるとの結論。自らの才覚により顧客を集め、店舗という場所を借りて営業を行う自営業者であるというのが基本的な論理のようです。

もちろん、一事例判断ですから、すべてのホストが自営業者であると判断されたものではありません。ホストの方には、判断に不満のある方もいるでしょう。

一つだけ確かなことは、ホストは、見た目の派手さと裏腹に不安定であるということ。これは、収入の点だけでなく、法律上おかれた地位も含めて。

それでは、ホステスはどうなるの?考えさせられる判決ですね。

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第十九回 自己破産

2017.04.04

4月3日付の朝日新聞朝刊に、自己破産の申立てが昨年度13年ぶりに増加したとの記事が掲載されていた。貸出し上限のない銀行系ローン残高の急増が原因ではないかとのこと。

私が弁護士登録をしたのが平成16年10月であるから、約13年前のことである。
その頃は、債務整理の相談が本当に多かった。弁護士会の債務整理の相談は、引きも切らなかった。毎日相談日を設けているのに、連日満員の状況。弁護士なりたての私の目からしても異常であった。

こんな悲惨な状況が、少しずつ変化した。12年連続で前年度を下回っていた事実を見ても、自己破産は確実に減少していた。

それが、13年ぶりに増加に転じたのである。

日銀がマイナス金利政策を採用していることからすれば、消費者への貸出しは、銀行の重要な収入源であることは理解できる。しかし、その貸出し先が破産してしまったのでは元も子もない。消費者金融には総量規制がされているのに、銀行が青天井というのも公平性を欠く。
やはり、新たな政策決定が必要であると思われる。

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第十八回 春の夜は春の夜ながらさりながら

2017.04.03

泣き童 永き別れや 江戸の春   合掌

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第十七回 天気晴朗なれど波高し

2017.03.24

先日、石原慎太郎元東京都知事の証人尋問が行われた。都議会に設置されたいわゆる100条委員会における尋問である。

石原元都知事は、自宅の前で、報道陣から心境を問われ、冒頭の一節を述べた。これは、日露戦争における日本海海戦に際し、戦場の様子を当局に知らせるため、連合艦隊から打電された有名な一節である。秋山真之が起草したと言われている。

ところで、この石原氏の尋問。晴朗にはほど遠く、責任の所在は全くもって五里霧中である。尋問は、問いと答えがかみ合っていない場面も散見された。このような質疑を見ても、都民は全く納得しないだろう。

司馬遼太郎は、冒頭の一節について、戦場の天候が我が軍に極めて有利であることを簡潔な一節で象徴したことを印象的な筆致で綴っている。果たして、石原氏が述べた一節は、氏のいかなる心境を、そして、都民のいかなる心情を象徴するものなのであろう。

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第十六回 訴訟代理人の表示

2017.03.15

弁護士が依頼を受けて裁判をするときには、訴訟代理人として氏名を記載する決まりとなっている。世間の人からすれば、訴訟代理人として名前を出している以上、当然、依頼者と直接面談し、依頼を受けていると思うだろう。
ところが、現実は、必ずしもそうとばかりは言えない。法律事務所が法人化している場合などには、所属弁護士全員の名前が代理人として記載されているが、実際の担当者は1人だけといったことは珍しくない。社会の耳目を集める事件では、弁護士が実際に訴訟活動を行わず、名前だけを出すことを了承するといったケースもある。

稲田防衛相が、かつて森友学園の訴訟代理人として弁護活動を行っていたのかどうかが国会で議論となっている。学園側と稲田防衛相の意見は真っ向から食い違っており、普通に考えれば、いずれかの言っていることが事実とは異なっているのだろう。
疑問に思うのは、かりに稲田防衛相がかつて森友学園の訴訟活動を行っていたとして、それを躍起になって否定する必要があるのかということである。「たしかに嘗て訴訟活動を行ったが今は関係ない」と答弁すれば足りるように思える。弁護士は、依頼者の依頼に応え、依頼者の利益を最大化するのが仕事なのだから、私人である時分に行っていた訴訟活動が、違法行為でもないのに取りざたされても、毅然と対応すれば問題ない。必死に否定すればするほど疑わしく見えてしまうのが人間というものである。全否定は、何を意味するのだろう。
予算委員会で議論すべきことは他にも山ほどあると思うが、しばらくこの話題が止む気配はない。

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第十五回 仰げば尊し

2017.02.20
仰げば尊し

先日、20年ぶりに母校の大学へ行って来ました。

師事した教授が定年退官となり最終講義を行うとのことで、これを聴講するためです。

懐かしさや感謝の気持ちなど、万感胸に迫るものがありました。
今まがりなりにもお仕事させていただいているのは、教授のおかげと言っても、何ら過言ではありません。

椎橋先生、長い間本当にお疲れ様でした。

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第十四回 球春到来

2017.02.08

今年も早1ヶ月が過ぎ、プロ野球もキャンプイン。2月1日の新聞紙上には、各球団の記事が踊っていました。
もっとも、今年の誌上では、例年とは異なる文字が目を引きました。本年2月1日は、沢村栄治の生誕100年に当たるとのこと。コラムやスポーツ欄は、沢村の記事で目白押しでした。
中学及び京都商でバッテリーを組んだ山口保守が、両手10本の指全てを脱臼したとか、フォームを解析したところ球速は160キロ近く出ていたとか。時代が異なるとはいえ、やはり伝説の人物。

ところで、沢村投手が昭和9年の日米野球でメジャーリーグセンバツを相手に8イニングを1失点9奪三振しながらも0−1で惜敗したことは広く知られています。3番ルース、4番ゲーリックからも奪三振。弱冠17歳の沢村が、文字通りのメジャーリーグ選抜に快刀乱麻。
そして、この伝説の一千が開催されたのが、静岡の野球ファンであれば知らない人はいないであろう静岡草薙球場。

沢村は2度出征し、帰還する度に腕の位置が下がっていました。
3度目の出征前には、後輩に野球を続けたければ手榴弾は投げるなと言い残したそうです。
そして、3度目の出征で戦死。
背番号「14」は栄光の巨人軍最初の永久欠番となりました。

今年は、この沢村栄治の生誕100年。
来るべきセンバツも、一つの感慨をもって観戦することになりそうです。

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第十三回 新年のご挨拶

2017.01.13

遅くなりましたが、皆様、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。

今年のお正月、皆様はいかがお過ごしでしたか。
天候も良く、初詣や初日の出に出かけるには、うってつけの日よりでした。

さて、少し前の話になりますが、昨年11月の朝日新聞に、下のような新聞記事が掲載されていたのを皆様ご存じでしょうか。

目の不自由な方が持っている白状は、必ずしも全く目の見えない方だけがついているわけではありません。
道路交通法上でも、全盲に限らず視覚に障害のある人は保有するようにとされています。
記事を読むと、全盲ではない方が白状を持っていることにより、不快な経験をしたケースが散見されるようです。

世の中の方々が、白状を持っている人についての理解を深めてもらえれば、目の不自由な方もそうでない方も、お互いに不快な思いをすることも少なくなるのではないかと思い、こんなことを書かせていただきました。

それでは、皆様、本年も宜しくお願い致します。

弁護士 宇佐美 達也

新年のご挨拶

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第十二回 ボブ・ディラン

2016.12.13

何かと物議を醸した今年のノーベル文学賞。ボブ・ディランは、あまり聴いた憶えがないけれど、昔、「愛という名のもとに」というドラマで、登場人物たちがラストで語った台詞が、ボブ・ディランの「風に吹かれて」の一節だった。それが最初の出会いだったかな。

ところで、授賞式を欠席したディランがコメントを寄せた。
印象に残った箇所があった。

「私は5万人のためにも50人のためにも演奏してきました。本当は50人のために歌うことの方が難しいのです。5万人は一つの人格を持ちますが、50人は個々のアイデンティティを持っています。」

何となく共感できる。全く次元は違うけれど、自分の仕事とも共通点があるように思う。一見同じように見えて、事件には個性がある。依頼者にも勿論人格がある。ディランと同じ思いで、仕事に臨みたいものですね。

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第十一回 新聞連載

2016.07.06

日経の朝刊に連載されていた宮部みゆきの「迷いの旅籠(はたご)」が、6月30日をもって完結しました。本作をもって百物語シリーズも完結。主人公のおちかが過去に訣別し、新たな旅立ちを予感させるエンディングに、しばしの間幸福感に包まれました。

この名残惜しさは、毎週欠かさず見ていた大河ドラマが終了したときと同じ。それでも、年が改まれば、また大河を見るように、今回も新たに新聞連載を読むこととなるのでしょう。

7月1日からは、伊集院静の連載が始まりました。まだ始まったばかりですが、こちらも面白そうですね。

新聞小説が面白いと、一日の始まりが溌剌とします。やはりネットニュースでは味わえない醍醐味であると思います。

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第十回 野球賭博はなぜいけないのか

2016.03.15
野球賭博はなぜいけないのか

昨年プロ野球界を震撼させた野球賭博問題の余波が収まらない。
本当に今回限りで事態が収束するのか、他球団には波及しないのか、不安を覚えるのは私だけではないだろう。

ここでは、今後の見込みはひとまず於き、なぜ野球賭博をしてはいけないのかについて考えてみたい。

勿論、賭博罪は刑法に規定されており、法に触れるから、してはいけない。
また、いわゆる博打金や寺銭が反社会的勢力の資金源になっているから、してはいけないというのも正解であろう。 最初は少額を賭けさせ、借金漬けにさせて、ひいては八百長を持ちかけるというのは、海外におけるスポーツ賭博の常とう手段であり、このような事態を防止するために賭博は禁止されるべき、というのも正解であることには異論がない。

要するに、正解は一つではないのであろうが、プロ野球選手個人にとって、野球賭博をするということは何を意味するのであろうか。

プロ野球選手にとって、試合の勝敗を賭けの対象とすることは、自らの職業を賭けの対象とすることに他ならない。
自らが文字通り人生を賭け、命がけで戦った結果に金を賭けるに等しい行為である。
我々の職業で言えば、他の弁護士や検察官が担当している裁判結果を賭けの対象としているようなものである。

結局は、このような行為を恥ずかしいと思うかどうかの問題であると思う。
金をほしいと思うのは自然なことである。
問題はその金の稼ぎ方。
自らの職業を賭けの対象とすることは、結局のところ、自らの誇りと尊厳を売り渡して金を得ようとする行為ではないだろうか。
このような恥じらいを感じない人間には、野球賭博がなぜいけないのかを理解することはできないのかもしれない。

要は、人間としての誇りの問題であると思う。

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第九回 事情聴取の難しさ

2016.03.10

広島県府中町で、本当に痛ましい事件が起きてしまいました。

万引きをしたという誤った非行歴を基に、志望校への受験ができないかのような進路指導を行い、生徒が自殺をしてしまったという事件です。

誤った進路指導と自殺との因果関係は不明とされているようですので、断定的なことは言えません。

しかし、マスコミ報道によれば、事情聴取を正確に行うことの難しさを痛感させられます。

報道によると、担任教師が生徒に万引きの事実の有無につき事実確認をしようとしたところ、生徒はあいまいな返答をし、この担任教師は生徒が万引きをした事実があったものと誤解してしまったようです。

われわれの仕事も、依頼者や相談者から事情をお聴きすることが業務の中心の一つですが、このような誤解を生じるおそれは常にあります。

相手が中学生という、理解力や表現力が十分ではない方であればなおさらです。

ましてや本件における事情聴取者は教師であり、一方は生徒。

しかもその聴取内容は高校進学に関することで、かつ、自身の万引きという事実に関するもの。

きわめて慎重な事情聴取が不可欠な事案でした。

当該担任教師を非難するつもりはありませんが、返す返すも、最初の時点で丁寧な事情聴取がなされていればと残念でなりません。

そして、自分も丁寧な事情聴取を行わなければ、と改めて痛感する悲しい出来事でした。

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第八回 介護の負担は誰が負う?

2016.03.04

平成28年3月1日、最高裁で世間が注目する判決が出されました。

認知症を患っていた91歳の男性が電車にはねられて死亡した事件につき、JR東海が振替輸送費などを男性の遺族に請求した裁判です。最高裁は、遺族を民法714条にいう「監督義務者」には当たらないとして、JR東海の請求を棄却する判決を下しました。JR東海も最高裁の判決を尊重するとのコメントを出しているようです。

この判決は、高速度で高齢化社会が進展する我が国で、注目を集めました。本件の結論には私も賛成ですし、マスコミなどの報道を見ても、判決に好意的な意見が多いようにも感じます。

しかし、事は、そう単純ではなさそうです。

本件の結論に多くの方が賛成していると思われるのは、請求者側が日本を代表する大企業であるのに対し、請求される側が一定の介護への努力を果たしていた家族であるという事情によるものと思われます。

けれども、請求者側が大企業であるとは限りません。零細業者が、認知症を患う方に損害を与えられた場合に、誰に対しても損害賠償を請求できないのでは、場合によってはその業者は深刻な事態に陥りかねません。

また、被害を与えてしまう側の事情もさまざまです。認知症に限らず、精神疾患や極度の酩酊状態、急な疾患など民事上の責任を問うことが難しい場合は、認知症の場合に限られません。

認知症の方が損害を与えた場合を一部カバーする損害賠償責任保険も販売されているようですが、自動車事故を起こした場合には適用されないなど、十分ではないようです。

結局のところ、この問題は、一定の割合で必ず発生してしまう不幸な事故のリスクをどのように負担すべきか、という問題だと思います。遺族にのみ負わせるのはときに過酷です。他方、被害者に泣き寝入りを強いることも妥当ではない場合があるでしょう。

やはり、社会全体で広く浅く負担していく方向を議論するしかないのではないでしょうか。本件は、その契機とすべき重要な事件だと思います。

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第七回 年始のご挨拶

2016.01.08

皆様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

おかげさまをもちまして、当事務所も無事新年を迎えることができました。本年の5月で丸2年となり、開所3年目となります。これもひとえに皆様のおかげです。厚く御礼申し上げます。

さて、本年は、年明けから隣国が不穏な動きを見せ、世界経済も動揺しているように見えます。国内に目を転じれば、与党は、昨年成立させた安保関連法の余勢を駆って参院選で総議員の3分の2を確保し、憲法改正を目論んでいるようです。このように不安定な世の中においては、我々一人一人に、主権者としての自覚が求められることとなりましょう。依頼者各人の要望に真摯に向き合うと同時に、主権者の一人として自覚的な言動を行ってゆくことをここに宣言し、新年のご挨拶とさせていただきたく存じます。

また、昨年は、ほとんど更新できなかったこの「せいうんだより」も、もう少し高頻度で更新できればと思っております。

それでは、本年が皆様にとり良き一年となりますよう、心より御祈念申し上げます。

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第六回 常識を覆す新判例

2015.06.04
常識を覆す新判例

近似、巷を騒がせる新判例が下されました。ご存じの方も多いでしょう。そう、「枕営業」は不法行為に該当しない、という東京家庭裁判所の判例です。

マスコミ報道などを総合すると、相手方は本人訴訟で、枕営業だったなどという主張は一切なく、証拠調べもなされず、たった2回の裁判で、例の判決が下されたそうです。

私は、この判決は、世間の常識にそぐわない、奇をてらった判決だと思います。しばらくは、この判例を利用した主張も展開されるのかもしれませんが、この判例が上級審でも維持されるとは考えづらいところ。早晩従来の判例の流れに落ち着くのではないでしょうか。

いずれにせよ、この判例は、原告であった元妻の権利を侵害しているのはもとより、枕営業をしていたと断じられた飲食店経営者の女性の名誉をも侵害する判例であって、あらゆる意味で、女性蔑視的な判例のように思われてなりません。

 

仮に当職の元にかかる相談が寄せられても、「この判例を根拠に主張を展開すると、手痛いしっぺ返しを喰らう可能性がある」と、アドバイスすると思います。

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第五回 ふつうのこと

2015.01.19

去る1月16日、101名の新任判事補が任官した。その中には、高校時代の体育授業中に事故に遭い、四肢麻痺となりながら司法試験に合格した谷田部峻さん(27)の名前もあった。

試験の合格自体もさることながら、その合格のために要した時間の労苦を考えると、本当に頭の下がる思いであり、心から敬意を表したい。新聞報道によれば、「人の痛みの分かる裁判官になりたい」と書かれており、その思いを持ち続けてほしいと切に願う。

 

ところで、司法試験には、その受験に関して、一切の制限がないとしばしば言われる。

現在の試験では、経済的な事情から受験が困難になる方々も少なくないので、そのように言い切れるものか疑問であるが、自分が受験生であった頃は、文字通り受験制限は存在しなかった。

とすれば、谷田部さんの努力には心から経緯を表しつつも、さまざまな障害を抱える方が、普通に、裁判官や検察官に任官して、それが殊更に新聞記事にならないような時代がくればよいと心から願う。

それが、本当の意味での受験制限がないということなのだろう。

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第四回 せいうん法律事務所と弁護士とそのスタッフたち

2015.01.16
せいうん法律事務所と弁護士とそのスタッフたち

少し遅くなりましたが、皆さまあけましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

昨年の5月9日に開業し、無事8ヶ月を経過することとなりました。
とりあえず大過なく新年を迎えることができたのも、ひとえに関係者の方々のご愛顧とご支援の賜物と心より感謝しております。

本年も昨年同様、弁護士とそのスタッフ2名で、ご依頼者からのご依頼に対して、真摯に対応してゆく所存ですので、重ねて宜しくお願い申し上げます。

昨年末、珍妙な名前の政党が誕生したようですが、当事務所は、タイトル通り3名が全陣容ですので、政党要件は満たしませんが、文殊の知恵を出し合って頑張ってゆこうと思います。

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第三回 忘れられる権利

2014.11.20
せいうん便り

最初に耳にしたときは、一体どんな権利なのかと思いましたが、最近この「忘れられる権利」の存在が、社会で大きくクローズアップされています。

この権利は、プライバシー権の一種であるということができますが、インターネットや検索エンジンという、一昔前には想像もできなかったツールの発展によって、今までの書籍や雑誌などによるプライバシー権の侵害とは比較にならない程の危険性をはらんでおり、その意味で、「忘れられる権利」がますます注目されているのだと思います。

インターネットは、環境さえ整っていれば、誰でも簡単にアクセスできます。

また、検索エンジンを利用して、キーワードや人名を入力すれば、それに関連する情報をいとも簡単に探しあてることができます。

本当に便利な代物で、現代社会には、いずれもなくてはならないものあり、弁護士業務においても、必要不可欠です。

 

しかし、他方、誤った情報や名誉毀損となるような情報、プライバシーを侵害する情報が掲載されると、先に述べた利便性がむしろ弊害となって、対象者に刃となって向かってしまいます。

 

本年5月、EUの裁判所は、過去に社会保険料の滞納により不動産を差押えられたことのある男性の記事が、検索エンジンを利用することによって検索可能となっていることについて、この男性の請求を認め、グーグルに削除を命じる判決を下しました。

そして日本においても、対象者があたかも犯罪に関連しているかのような情報が掲載され、グーグルに削除を命じる仮処分決定が出されました。

 

インターネット上では、目を覆いたくなるような様々な情報が氾濫しています。

不適切な自己の情報を適切に管理するためにも、この「忘れられる権利」が認められた意義は、極めて大きいと思います。

 

もっとも、この仮処分決定も、無限定にこのような権利を認めているわけではありません。

次回は、少し、決定内容に踏み込んだ考察をしてみたいと思います。

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第二回 セウォル号船長への判決

2014.11.13

11月11日、注目の判決が出されました。

死者295名・行方不明者9名の大惨事となってしまったセウォル号の事故に関して、検察側が船長に殺人罪を適用するよう求めていたのに対し、殺人罪は適用されず、懲役36年の判決が言い渡されたというものです。

改めて思い返すと、誠に痛ましい事故であり、亡くなられた方やご遺族に対し、心から哀悼の意を表します。

 

この判決内容には、韓国のみならず、日本においても、様々な意見があるようです。

私は、法律家の観点から、殺人罪が適用されなかったという結果について、判決内容は適切であったと感じています。

たしかに船長は、船上において絶対的な権限を有し、乗客の最後の一人が安全に退避するまで、船上に残るべきだというのが、その責務であるとは思います。

しかし、このことと、船長に「未必の殺意」を認めることは、同義とは言えないように思います。
(「未必の殺意を認める」とは、この事件の場合、「船長は、乗客を殺そうと思っていたわけではないが、結果的に死んでもかまわないと考えていた」と認定することです)。

 

海上における救難体制の不備は明らかでした。また、船長の命も危機に瀕していました。

このような状況の下、いち早く逃げてしまった船長に、乗客を保護すべき立場にあった者としての刑事責任は免れないものの、「乗客が死んでもしかたがない。」という認識があったことまで認定して、殺人罪を適用するのは、困難であるように私は思います。

仮に自分がこの事件の弁護をしたとしても、同様の弁論をするでしょう。

 

判決はこのまま確定することはないでしょうから、その行く末が注目されるところです。

私は船長に対し、生きて、亡くなられた方の冥福を祈っていただくと同時に、痛ましい事故の貴重な証人として、二度と同種の惨事が起きることのないよう、再発防止のため、その力を役立ててほしいと思っています。

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第一回 せいうん便り

2014.11.07

このページをご覧の皆様、こんにちは。
せいうん法律事務所です。
当HPにアクセスしていただき、誠にありがとうございます。
記念すべき第一回目のせいうん便りは、7月からこの事務所に加入した、新人事務員なかのがお届けいたします。

「法律事務所」、「弁護士」というと、敷居が高い場所、何となく怖いところ、別世界の人たちというようなイメージがあるかもしれません。
というのも、わたし自身が、法曹業界(裁判所、検察官、弁護士たちの世界)に対して、そういったイメージを持っていたからです。

ですが、実際にこの事務所で働き始めてみて、一口に「弁護士」といっても、いろいろな方がいて、いろいろな法律事務所があるんだな、という、当たり前のことに気付きました。

世の中には、怖い弁護士や、話しかけづらい先生もいるとは思いますが、わたしがこの4ヵ月で出会った先生方は、とても優しく、依頼者のためにいっしょうけんめい事件に取り組んでいらっしゃる方々ばかりです。

 

わたしが勤務するせいうん法律事務所は、弁護士1名、事務員2名の、とてもアットホームな事務所です。

弁護士の宇佐美は、今までつちかってきた経験と知識を総動員して、人生の一大事にこの事務所を訪れる方々の、肩の重荷を少しでも軽くできるよう、日々奮闘しています。

そんな宇佐美に続き、わたくしたち事務員も、宇佐美のそのようなお仕事をサポートしたいと考えています。

依頼者にとって、最良の解決とは何なのか。
正解のある問いではありませんが、最終的に、「宇佐美先生を信頼してよかった」「この事務所に任せてよかった」と依頼者の方にもし思っていただけたなら、わたくしたちにとって、これ以上の幸せはありません。

 

さて、そんなわけで、今回は初回ということもあり、この事務所について、弁護士の宇佐美について、少しご説明をさせていただきました。
これからは、事務所近辺の素敵なカフェやレストランのこと、弁護士に関するテレビドラマのこと、事務所にたくさんある観葉植物のこと、ちょっと真面目なお話など、いろいろなジャンルに渡って、せいうん便りをお届けできればと思います。

もしよろしければ、またのぞいてみてください。

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