
当事務所のホームページを御覧いただき誠に有難うございます。
弁護士の宇佐美達也と申します。
私は、2004年10月弁護士登録し、思えばずいぶん長い年月が経ちました。これもひとえに人生の大事を託して下さった依頼者や関係者の方々のおかげです。この場を借りて、心より厚く御礼申し上げます。
「自立」することの大切さ
さて、私が、20年以上の弁護士業務を経て感じていること、そして、日々の業務で最も大切にしているのは、「自立」することです。
昨今、巷では、「寄り添う」、「向き合う」といった言葉を、よく目にします。
もちろん、依頼者と寄り添うことや向き合うことは大切ですし、それを否定するつもりはありません。弁護士として、依頼者の話に耳を傾けることは、基本です。
けれども、過度な「寄添い」は、ときに依存を生みます。
そして、「依存」によって物事が真に解決することはないと、私は思っています。残念ながら、弁護士は、依頼者に一生寄り添い続けることはできません。
人は、本来自ら問題を解決する力を持ち合わせている。けれども、ときに一人で解決するのが困難な事態に陥る。
理由は心身の不具合であったり、経済的事情であったり、様々でしょう。
私は、弁護士ができることは、ほんのひととき自ら問題を解決する力が弱まってしまった方を、法律的観点からサポートすることだと思っています。
ですから、私が業務の中で最も大切にしているのは、依頼者の方々が針路を自ら決定することであり、依頼者のみなさんが再び自らの足で人生を歩むことだと思っています。
とはいえ、私は、やはり近時目にすることが増えた過度な「自己責任論」とは、一線を画しています。
人は、他者との関わり合いの中で生きていることは、改めて言うまでもありませんし、「自立」が、他人との関わりや助けを否定するものではないのは、言うまでもないことです。
人を助けるには、自らが拠って立つ足場を固める必要がある。
「自立」することの大切さは、私自身への自戒の言葉でもあります。
「自立」をお手伝いするための3つのポイント
(1) 弁護士費用の明確化
依頼者の方々が、自ら針路を決めるには、これから掛かる費用がいくら掛かるのかを正確に把握することが必須でしょう。
弁護士費用の支払い方法は独特です。通常は、事件以来時に支払う「着手金」と事件が成功裡に終わった際に支払う「報酬」に分かれています。
また、切手や印紙代といった「実費」もかかりますし、事案によっては、「旅費・日当」や医師などの専門家に支払う「謝礼」などもあります。
費用の概要はホームページでも公開しておりますが、当事務所では、受任の際、必ず委任契約書を作成し、依頼者の方が支払うべき弁護士費用や実費を明確化しています。
(2) 適時適切な事情説明
依頼者が自ら判断を下すには、弁護士から正確な情報が提供されることがとても重要です。
そして、この情報提供の重要性は、事件依頼時のみならず、訴訟や調停などの事件の進行中においても変わるところはありません。
当事務所では、適切な時期に適切な説明を行うことを大切にしております。相手方や裁判所に提出する書面は可能な限り事前に御目通しいただいておりますし、進捗報告もできるだけこまめに行っております。依頼者や相手方からの問合せを放置することはありませんし、重要な判断をくだすべき場面では、必ず対面での面談を設定いたしております。
(3) 見解を明確に伝える
相談者からの質問の中で、最も返答に困るのは、「どうしたらよいでしょうか。」というものです。
私は、この質問には基本的にお答えしておりません。なぜなら、弁護士がこれに答え、相談者が、それを自己決定の根拠としたなら、相談者は、針路を弁護士に委ねてしまったことになるからです。
少々厳しい言い方ですが、依頼者が弁護士に事件を御依頼いただく際には、一種の覚悟が必要であると、私は思っています。
そして、そのような覚悟で御依頼くださった方を、私は、全身全霊でサポートいたします。
さて、私は、「どうしたらよいでしょうか。」という質問にお答えすることはありませんが、「あなたならどうしますか。」という質問であれば、明確にお答えしています。
その回答は、依頼者が欲する内容とは異なる場合も少なくないようです。それでも、お茶を濁すことはありませんし、求められれば、私が考える理由もお伝えいたします。
その上で、相談者の皆様には、あくまで自らの判断で、自らの歩む道を決めていただきたいと思っていますし、それが事件解決において最も大切なことであると私は思っています。
結びに
昨今の社会情勢を見渡しますと、不安などない、という方はおられないのでは、と感じます。
このように混迷を深めた社会を生きて行くには、やはり自らが他人や社会に依存せず自立していることが大切であると感じます。
繰り返しますが、「自立」は、他人の手を借りない、ということではありません。人は、一人で生まれ、一人で死んでゆく。人は、本来「自立」している、針路を自ら決めることができるはずなのです。
私は、弁護士として、人が本来生まれながらにして持ち合わせている「自立」する力を、回復するお手伝いができれば、と思っています。
もし、私の考えに興味をお持ちいただけましたら、是非ともご連絡ください。ともに、針路を考えて参りましょう。






